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13-4



咄嗟に身を低くした私は、テーブルに隠れるようにして声のした方を窺った。どよめきが広がるホール内で、女性の悲鳴と食器の割れる音が続けて聞こえる。撃つ、ということは銃を所持しているのだろうが、ここからだと状況が分からない。ホールの扉付近に数人の男女が集まっているが、ロックが掛けられているのか表には出られない様子だ。
声がした方に近付こうか迷っていると、今度は斜め前方から別の男の怒鳴り声が聞こえた。同じように、動くなと叫んでいる。どうやら複数の人間がこの会場を何らかの目的で制圧しようとしているようである。ここにいる参加者は150名程度だ。相手側が全員銃を持っていると想定して、最低でも5人はいるだろう。
会場の入口付近には警備員がいたはずだが、締め出されたか。しかし警備員といっても銃を持っている輩に立ち向かうことはできない。

銃といえば、さっきまで隣にいた沖矢さんの姿が一瞬で見えなくなった。FBIがいる会場に乗り込んでしまった犯人達も気の毒ではあるが、彼らがもしプロだった場合、こういったことに習熟している可能性もある。赤井さんひとりでは、場合によっては苦しい状況にもなるか。参加者達が何やらグループ分けされるのを影から見ながら、さてどうしたものかと考えた。

「やあ、怪我はないか?」

絨毯の床を静かに踏みしめる音に、驚いて視線を向ける。てっきり沖矢さんかと思ったら、意外な人物が私の隣にやってきた。

「嶋崎さん!?どうやって入って来たんですか?」
「私が贈ったドレスを着た君を見なければと思ってね……よく似合っている」
「いま全くそういう状況じゃないですけど、ありがとうございます」

ネイビーのタキシードを上品に着こなす男は、いつもと変わらない穏やかな口調で私を褒めた。遅れたことに対して丁寧に詫びを口にすると、周囲を見渡して「長くなりそうだな」と呟く。頷いた私は、自分達のいる場所が完全に犯人側から死角になっているのを確認して、改めて嶋崎さんに向き直った。

「ベルツリー急行のことといい、最近は物騒だな」
「そうですね……目立つものは何かと標的になりやすいですし、大変ですね」
「私のところでも最近妙なことが起きていてね……娘も怖がっているんだ」
「……妙なこと?」

悠長に会話が始まったが、緊張感がないと言うなかれ。犯人達は150人もの人質を振り分けるのに必死で、こちらに気付く様子もない。目的も分からず、こちらに武器もない以上、動くに動けないのだ。しかしこの人も随分と場慣れしているというか、余裕である。
嶋崎さんによれば、半年前に側近の一人が行方不明になったのを皮切りに、立て続けに不審なことが起こっているらしい。彼が興した土地事業はその性質から恨みを買うことも多く、よくある強請りや脅迫の対処には慣れているのだが、近頃は経験上ないようなことばかり起きるというのだ。
半年前に消えた側近は責任感のある真面目な男だった。事件や事故に巻き込まれた可能性を考え、警察に捜索願を出すと同時に自分達でも調査を行なっていたが、消息を掴むことはこの半年できなかった。だが、最近になってついに居場所を発見したのだ。彼は、何度も探させたはずの自社倉庫の貨物コンテナの中から、遺体となって発見された。遺体の頭部には弾痕があり、それが死因だった。
……いや、それガチでヤバいやつでは?

「その側近の方って……亡くなる前は何を?」
「君も知っての通り、我々は最近になって新しい事業を始めていてね。彼には中東支部のデータ管理を任せていたんだ」
「中東……」
「優秀な男だったよ」

残念だ、嶋崎さんは静かにそう言った。

「君には言わないつもりだったが、近頃私を探っている連中が君に目を付けないとも限らないからな。何かあればすぐに連絡してくれ」

じわりと湧き上がる不安に、私は視線を落とす。あの人が……安室さんが私を調べていたのはこの件が絡んでいるのだろうか。しかし、側近の周囲の人間を調べるならともかく、私を調べたというのは。メイちゃんの写真を持っていた理由は?それはどこから入手したのか。彼は今回、例の組織の人間として動いているのかもしれない。ベルツリー急行の一件から見ても彼が公安でありながら犯罪に手を染めていることは間違いなく、国家の安寧のため、少数の命を切り捨てることも当然厭わないだろう。たとえ犠牲になるのが善良で無垢な日本国民であったとしても。そして、私であったとしても。

「……あの、メイちゃんは?」
「元気にしているよ。また君と遊ぶのを楽しみにしてるんだ」
「……手紙を書いてもいいですか?」
「勿論だ。そうだな、まずはこの状況をどうにかしてから考えようか」

嶋崎さんに頷いて、テーブルから再び会場の様子を確認する。しばらくすれば警察がやってくるだろうが、150人もの人質をとった銃を持つ犯人グループだ。どうにかするにはまず交渉するしかない。ホール内はまだ騒めいており、犯人が仲間に大声で指示を出しているところだった。

「……彼らは統率が取れていないようだな」
「寄せ集めといったところでしょう。動きに無駄が多すぎる」

嶋崎さんの言葉に、知らない間に戻ってきていた別の男の声がそう続けた。いや、気配がないから。びっくりするから。
私達と同様に姿勢を低くした彼は、テーブルから犯人グループを観察する。

「沖矢さん、どこに行ってたんですか?」
「ちょっと犯人の様子を見てきました」

銃を持って客を脅しているのは7人。そのうちのリーダー格は本物の銃を持っているが、別の男はモデルガンだった。リーダー以外はモデルガンかもしれない。入口はロックされており見張りはいない。全身黒っぽい服で、一応全員覆面をしている。おそらく偽名だろうが、呼び方を間違っていたりと、どうやら寄せ集めの急造グループのようだ。犯人どうし顔見知りかも怪しい。……とのこと。FBIの仕事の早さに感心である。

「目的は何でしょう?」
「それは分かりませんでしたが、さっきから年配の男性や若い女性ばかりを気にしていますね」
「誰かを探してるんでしょうか……だとしたら、」
「シッ、こちらに犯人が来ます」

口元に人差し指を立てて、沖矢さんが合図を寄越した。覆面姿の男がひとり、こちらに近付いてくる。
私達は頷き合い、音を立てないように体勢を低くしたまま後退した。




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