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13-1




「やっぱりあんたが犯人か……」

私は大きく息を吐いて、思わず窓の外に剣呑な目を向けた。2階から見える電線にとまっていた雀が、ちょうど飛び立って行く。
スマホの向こうで悪びれもしない明るい声が笑った。

『人を犯罪者みたいに言わないでよ』

耳に響くのは高くもなく低くもない、中性的な声だ。最近会っていないが、おそらく今日も自宅には戻らずに研究室にこもっているんだろう。やり取りはそこそこあるが、ほとんどメールなので電話で声を聞くのも久しぶりな気がする。電話の相手は大学時代の恩師、そして、FBIに例の私の写真を流出させた張本人である。本当なら直接行って懲らしめたいところだが、大学は米花町からは結構遠い。それに、私の副業が色々と誤解を生んでいるようなので不用意に接触しない方が良いだろうと思ってのことだ。命拾いしたな。

『だって君の写真1枚につき某FラボのメインBLの電磁測定データくれるっていうからさぁ』
「ごめん何言ってるか分かんない」
『とにかく、俺が写真渡したのはその1枚だけだよ。あ、さすがに現像したのは持ってなかったからデータで後日送ったって意味ね』

FBIが恩師の元にやってきたのは、もう3週間ほど前だったそうだ。卒論や名簿とかで私が所属していたゼミでも調べたのだろう。要件は「ミョウジナナシのことについて聞かせてほしい」というものだった。3週間前というと、沖矢さんと初めて会った頃あたりか。知らない間に色々と嗅ぎ回られていたようである。その頃の私は彼らから見れば「安室透に騙されている一般の女、かつ追っている男と同じ会社に勤めている」というところで、それ以上は何もなかった。はずだった。しかし、後日恩師から送られてきた写真データを見たFBIはおそらく驚愕したことだろう。その一般の女と一緒に専務が……CIAから探せと言われたばかりの男が写っていたのだ。写真のチョイスに物申したいが、その前に。

「その写真を渡したのって、もう一人いませんか?」
『ん?渡したのはそいつだけだけど?……あ、写真といえば……その何日か後、君のファンだっていう学生が俺のところに来たよ。ほら、卒業したゼミ生の写真が研究室の前に飾ってあるでしょ?それ見たらしくて』
「ファンの……学生?」
『背が高くて色黒で、金髪のすごいイケメンだったなぁ。君がいたら彼に絶対手ぇ出してただろうから、同じ学年じゃなくて良かったねって話して、』
「だっだだ出さないですよ!!なに人聞きの悪いこと言ってるんですか!!え!?ていうか安室さん来たの!?」

あれ、知り合いだった?という軽い感じの口調に、私は握り締めた拳を震わせる。まさかそっちにも探りを入れていたとは。安室さんもFBIと同じ写真を見ているとは予想していたのだが、まさか直接行ったとは思わなかった。しかし、恩師はFBIと同じデータは渡していないという。ということは安室さんがFBIのパソコンをハッキングでもして私の写真データを見たあと、送信元の恩師を探りにきたと考えるのが自然か。いや、FBIに何てことしてるんだ安室さん。連邦捜査局だぞ?遠慮も何もない感じが凄い。
そして私の好みを把握する恩師がいらんことを言ったらしいが、ただでさえちょっと妙な雰囲気になってるのに恥ずかしいではないか。……まあ3週間近く前のことだけど。

『なるほど、通りで……へえ〜、すごく癖のある彼氏だね……君って頭いいのに、前からバカなこと言ってたじゃない?変な男についてっちゃうんじゃないかって心配してたんだけど』
「バカって……そんなふうに思ってたんですか……」

そういえば恩師の前で食べ物中心の将来計画を語ったら心配されたことあったっけな、とぼんやり思い出していると、「でもさ……」と一段低くなった声が聞こえた。

『あれはやめとけよ、何ていうか……危ないヤツかと思ったもん俺』
「いや彼氏じゃないし……危ないのは否定しないですけど」

散々な言われようである。恩師はよく若くして教授になったと誤解されるのだが、外見は30代前半、しかし実年齢50半ばという奇跡のおっさんである。そこそこ顔がよく、口も上手いので私が在籍当時にも大学の中で絶大な人気を誇っていた。この人と安室さんの会話って一体どんなことになるんだろう……怖すぎて想像できない。

「で、私のことをどこまで話したんですか?」
『そんなに大した話はしてないよ?普通に学生だと思ったし。もちろん俺が君に仕事を紹介してることも言ってないからね、FBIにもだけど』
「ふーん……」

まあ、普通の感覚なら見ず知らずの男に教え子の情報をくれてやるということはないだろう。FBIに対しては餌に釣られたみたいだけど。というかそんなことになっていたなら連絡して欲しかった。やっぱりあとでシメよう、そう決意して溜息をひとつ。あ、と、思い出したように声が上がるのを電話越しに聞く。

『そうそう、仕事といえば来週頼みたいんだよ』
「それなんですけど、色々あって少しの間仕事をお休みしようかと思うんですけど」
『あ、無理。依頼主嶋崎だし、君をご指名だから』
「えっ」

安室さんが嶋崎さんを探っているようだったので、少し距離を置こうとした途端これだ。いや、でも、さすがにいきなり安室さんに出くわす、なんてことはないと信じたい。……信じている。安室さんが警察、探偵、組織のどの方面から嶋崎さんを調べているのかというのは重要で、以前のように複数の目的を持って動いている可能性もある。関わると絶対に厄介だ。ちなみに安室さんだが、きっちり2泊3日して帰って行ったのが2日前。去り際にまた来てもいいですか、などと聞いてきたのでもちろん丁重にお断りしたのだが、にも関わらずすごく爽やかな感じで帰って行ったので私は安室透に恐怖を覚えた。あの3日間で色々あったが、次に会う安室さんはきっといつもと何も変わらないのだろう。

『今回はドレスコードありのちゃんとしたパーティーだから。鈴木財閥主催だって。ごちそう食べられるよ?』
「う、うーん……分かりました……」

……次に会う安室さんが組織の人じゃありませんように。



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