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12-2



「美味しい!」

できたてのスープを一口飲んで、私は思わず声を上げた。
オリーブオイルとレモンのパスタと、レモン入りのオニオンコンソメスープ。
買い物に行く暇もなくFBIに拉致されたため、冷蔵庫の中の目ぼしいものといえば、頂き物のレモンと使いかけの玉ねぎと一口大に切って冷凍しておいた鶏肉、あとは冷凍食品くらいしかなかった。それでこんなに美味しいものを作れるんだから、さすがの喫茶店店員である。
KYにも腹の虫が鳴ったのでひとまず腹ごしらえをすることになり、安室さんが僕が作りますよ、と言ってくれたので私はお手伝いということでほとんどを彼にお任せしてしまった。
キッチンに2人で立つのも妙な感じだったが、普段人が料理しているところを間近で見ることもなかなかないので、結構楽しい。頼まれた白ワインを手渡すと、それを受け取った安室さんは菜箸を止めてじっと私を見つめてから、「ナナシさんは強いですよね、精神的に」と感心したように呟いた。その後の「普通の人とは思えないな……」とボソリと呟かれた一言は聞こえなかったことにしようと思う。
安室さんはおそらく私をかなり本気で追い詰めにきていて、行き先を選択させた時点で、もしくは家に上がり込んだ時点で私の心は折れたとでも思ったのだろう。ああ、折れたさ。それはもう綺麗に。ただ私の場合、常人よりも異常に修復が早いというだけの話だ。


「夕飯と明日の朝の材料がないようなので、後で買い物に行きましょう」

パスタとスープを美味しくいただいたあと、食器を並んで片付けながら安室さんが言った。
そうだ、米やらパスタはあるけど食材がほとんど何もない。いつも寝坊した時用に食パンを買ってきてそのまま冷凍室に放り込んでいるのだが、それも切らしている。買っておかないと。ん……何で安室さんがそんなことを?あまりにも冷蔵庫に何もないから心配になったんだろうか。……夕飯と明日の朝?明日の……朝……。ま、まさか。ぽろりと、私の手から拭き終えたお皿が落ちて、とぷんと洗い桶の水に沈んでいった。おそるおそる、安室さんを見る。

「明日……?」
「言ったじゃないですか、あなたの時間をくださいって」

安室さんは平然としながら沈んでしまったお皿を拾い、私の手から布巾を取り上げた。手が大きいからなのかあっという間に拭き上げて、お皿を片付ける。こっちはそれどころではない。

「……っ!?そ、それって……」
「ええ、明後日まで厄介になります」
「だ、だだ駄目ですよ?何言ってるの!?」
「さっきも言いましたけど……恋人でもない男と2日も一緒にいたのに、僕は駄目なんてそんなこと言わないですよね」

金色の髪を長い指で耳にかけながら、安室さんが首を傾げた。何だそれあざと可愛いなんて思わないからな!ぜんぜん!私ももうどこから怒って良いか分からなくなってしまい、それじゃ2泊3日でしょ?3日じゃん!という低レベルな抗議をしたが黙殺されてしまう。ちょっと落ち着こう。これは何かの策略だ。そんなことになったら家中を調べられるに決まっている。調べられて困るものはないがそういう問題ではない。なにより、いくら一般の方々とは異なる感性をお持ちの安室さんと不本意ながら私という組み合わせでも、男と女が二晩も同じ家で寝起きはダメだろう。や、まあ普通に男女でルームシェアとか珍しくない昨今ではあるが、少なからず意識しているというか何もないわけではない相手どうしでそれはダメだろう。
まだ混乱の最中にいる私の顔を覗き込んで、追い打ちをかけるように安室さんが囁いた。

「さて、お腹がいっぱいになったところでそろそろいいですか?」

ハッとして思考の海から顔を上げると、横に並んでいたはずの安室さんがすぐ目の前にいた。いつの間にか体の向きが変えられていて、驚いて距離を取ろうと一歩下がると壁に背中をぶつける。なんと……またこの状況だ。

「聞かせてくれますか?2日間、誰と何をしていたのか」
「もう少し離れてくれるなら……」
「このままで」

え、キッチンで尋問が始まった?この優しいのに有無を言わさぬ口調、怖い。家を選択させたのも、泊まるとか言い出したのも、動揺させて口を割らせるためだ。緩急をつけた揺さぶり方を見るに優れた諜報員、いや、捜査官なんだなぁと思う。ちょっと非合法的要素が入りすぎてるけど。慎重にいかなければならない。
まず、安室さんと別れた後にFBIと名乗る男に拉致されたことは正直に話した。

「霞が関にいたのは、あなたが拉致されたことと関係ありますか?」
「はい……梓さんから変な人が私を探してるって聞いて、警察に行こうか迷ってるうちに何となくあそこに迷い込んじゃいました」
「警察に行かなかった理由は?」
「私は相手の顔も知らなかったので、行ってもまず動いてもらえませんし……」

今まさに背後に怪しい人物が見え隠れ、という状況でもない限り、警察は動いてくれないだろう。よく通る道のパトロールを強化したり、そういったことはしてくれるだろうけど。相談をすること自体は有効だ。
安室さんは少し間を置いてからさらに距離を詰めてきて、声のトーンを少し落とした。

「なら、僕に話さなかった理由は?」
「それは……迷惑をかけちゃいけないと思って」

嘘だけど。まだ安室さんの正体を知らなかったので下手なことを言えなかっただけだ。
自然見上げる形になって、若干潤んだ目で彼を見つめる。女であることを露骨に利用するのは初めてかもしれないなと思いながら。
安室さんはそんな私を見下ろして目を細めた。あ、これは私がわざとそういう態度を取っていると気付いてるな。それでも、伸びてきた褐色の指が「健気な女」を慈しむように髪を撫でる。ここはノってくれるらしい。

「続けて?」

絡めた髪を指先で弄びながら、安室さんは私に先を促した。




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