Novel


≫新連載 ≫短編 ≫大人 ≫Top

12-1




突然だが、自宅の間取りを公開しようと思う。……何故かって?私も理解が追いつかないので少し待ってほしい。心の整理は大切だ。キッチンに立ちながらポットを凝視していた目を何とはなしに周囲に向ける。
1階はリビングダイニングとキッチン。2階は私の自室と、もともと両親の寝室があった洋室が1間、畳の部屋が1間。両親が引っ越してから数年経ち、使っているのは1階と2階の自室部分だけという現状だ。確か両親がふらっと帰ってきて掃除にダメ出しをして行ったのは2年ほど前だったか……たまにサボるがそこそこ綺麗にしている。インテリアに拘ったり、飾り付けを楽しんだり、両親はそういったことが好きだったのだが同時に苦手でもあった。下手の横好きというやつだ。そして私も、あれこれやりたいとは思うのだが、どうやら苦手らしい。ひょっとすると前の世で無駄を省きすぎたせいで著しくその手の発想が貧困なだけか。単純に両親に似たのかもしれないけど。遊びにきた友人からは、生活感があるようでなくて怖い、生きることに慣れてなさそうなどと評判は散々だった。そのようなわけで女性らしさも男性らしさもない家だ。……うん、何度見てもここは私の家だな。そう、無駄に何度も確認した。

「何だか落ち着きますね、ナナシさんの家」

そして何度確認しても、リビングの黒いソファに金髪のイケメンが座っているのである。

「……どうぞ……」
「ありがとうございます」

現実逃避を一時停止した私は、コーヒーを注いだ白いカップをリビングのテーブルに置いた。
長い褐色の指がカップを持ち上げる。うちの来客用カップを持っている安室さんに違和感しかない。なぜ……なぜこんなことになってしまったんだろう。

駐車場で拉致同然に捕まったあと、車に乗せられて選択を迫られた。「僕の家とナナシさんの家、どっちがいいですか?」と。いや、安室さんの家に行くとか絶対に駄目でしょう。むしろその選択肢がなぜ出てきた。恐ろしすぎる。かといって自分の家に安室さんを上げるとか絶対に嫌だったのだが、二択しかない。二択しかなかった。狭い車内、私がどちらかを選ぶまで手は繋がれたままだった。そして、ゆっくり考えていいですよ、と言って、安室さんはその後とりとめのない世間話なんて始めた。
こんな検証データがあるのを知っているだろうか。人間、不安や恐怖を強く煽るようなやり方で脅されると実は言うことを聞かない。優しく、柔らかく脅した方が効果があるのだ……。誰かに言うことを聞かせたいのなら「優しさ」は必須のスキルである。怖い世界だ。この人はそれを意識してやっているのか、無意識にそういうことができるのか、どちらにせよもう怖い。私は敗北した。

安室さんはコーヒーを飲みつつ、落ち着くけどやっぱりちょっと緊張しますね、なんてことをにこにこしながらほざいている。お前、ふざけるなよ?

「女性の家に上がるのは久しぶりなもので」
「…………」
「何ですか、その目は?」
「いえ別に」

嘘つけ。女なら喜んで部屋に上げてくれるでしょう。そんな気持ちが顔に出てしまった。安室さんはカップをテーブルに置くと右手で自分の髪を掻き上げ、溜息をひとつ。そして私を見つめて言った。

「僕、本当に女性を騙したりなんてことはないんです。あなたの中の僕の設定、どうにかなりませんか?」
「自分が悪いんでしょ?安室さん、思わせぶりなこと言ってくるし、なんていうかその、何かにつけて……」
「触ったりとか」
「そう、触ったりとか」

よく触ってる自覚はあったのか。呆れて思わずジト目になる私に、安室さんはにっこりと笑った。

「ナナシさんのような若い女性と仕事以外で知り合う機会ってほとんどないんですよ、僕。少しくらい触ったら駄目なんですか?」
「笑顔で開き直るのはやめてください」

ふざけているのか真面目なのか、安室さんとは思えない台詞を爽やかに言ってきた。まあ実際、こういう職業に就いていると出会いの機会は非常に狭い範囲になるだろう。まず本名を名乗れないので真剣な付き合いにはなかなか発展しない。これは男女関係なく友人になろうとする場合もそうだ。そして、たとえ本名を名乗る機会があったとしても自分の正体や仕事の内容は一切明かせない。よほど割り切れる関係か、鈍すぎる相手ならばどうにかなるのかもしれないが、それで深い絆を結ぶことは不可能である。なので、初めから出会いを出会いと認識していない場合が多い。
……ん?というか私が仕事以外で会った人間の分類なのはおかしいのでは……?よく分からないが彼には妙な自分ルールがあるようだ。

「……まぁ冗談は置いといて」
「…………」

私の顔を見ていた安室さんが、スッと真面目な表情になった。私は内心身構えて彼の出方を窺う。薄い唇が開いて、こぼすように言葉が紡がれた。

「……お腹が空きましたね……」
「……はい、かなり……」

さっきまでお互いに緊迫した空気の中に身を置いていたせいだろうか。
どちらのものか分からない腹の虫が鳴き声をあげた。
頭を使うとお腹が減る。
呟いた安室さんも頷いた私も、真剣そのものだった。





Modoru Main Susumu