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11-4




「そうだ、私会社に顔出さないといけないので、もう家に戻ります!」
「昨日、男の声で連絡があったそうです。体調不良で仕事を休ませると」
「…………」
「具合が悪かったのなら無理をしない方がいいですね。家まで送ります」

有無を言わせぬ口調にたじろぐ。ていうかどうやって会社に電話があったことを知ったんだ。

「いえ、もう平気ですので、全然!」
「遠慮しなくていいですよ」
「……っ……、あ、歩きたい気分なので、徒歩で帰宅させていただきます」

私は言うなり足早に安室さんから距離を取り、ダッシュでその場から走り去った。徒歩でも付き添うとか言い出しそうだったからだ。こんな大通りでは安室さんも無茶はできないに違いない。あそこまで怒る原因は、やっぱり赤井さんか。私が接触したのがFBIだと気付いて怒ったのか、それともFBI関係なく赤井さんと接触したことに怒ったのか、どちらかは分からない。でも、私の想像が正しくて、組織に潜り込んでいる安室さんが本当に警察だった場合、仲が良くないにしてもFBIとは協力関係にあっても良さそうなものだが……。

ふと振り向くと、安室さんが追ってきている様子はなかった。良かった。もしや路地裏の方を調べに行ったのだろうか。まだ油断はできない。位置的に丁度良いビルを見つけて、エレベーターに乗り込む。屋上の一階下の7階行きのボタンを押した。
たどり着いた先は、まばらに車がとめられた打ちっ放しのコンクリートの空間。ここは近くにあるデパートの第2駐車場だ。ガラスのない窓から外が見える。さっきまでいた大通りや、FBIの人達に連れていかれたあのマンションもよく見渡せた。
よし、ここで様子を見て、安室さんが完全にいなくなったのを確認したら、自宅には戻らず友達の家に行こう。彼だってずっと私に構ってはいられない。まずは安室さんとその車を見つけなければ。

うーん、白い車はたくさんあって上からだと微妙に分かりにくい。金髪を探した方が早いな。
駐車場を歩く足音が背後から聞こえる。デパートの買い物客だろう。窓の外をただずっと眺めているのも不自然なので、取り出したスマホを耳に押し当てる。ついでだから会社に電話してしまおう。この時間なら隣のデスクの人が出るはずだ。

「……こんにちは、お疲れ様です。ミョウジです。……はい、はい。もう大丈夫です。ご迷惑おかけしました……念のため今日もお休みしたいと思います。……え?あ、違いますよ!彼氏じゃないです!本当に違いますからね?…………失礼します」

予定変更で、今日も仕事を休むことにした。FBIの若いお兄さんが電話してくれたおかげで、会社でちょっとした騒ぎになっているようだ。まぁ、普通彼氏に電話させるとかしないもんね……緊急事態ならともかく。友人として電話してくれたみたいだけど、友人だとは思われないよね……。明日からみんなの誤解を解いて回らなければ。

「やっぱり送って行きますよ。今日もお休みすることにしたんですよね?」
「!!」

今度こそ、私はスマホを取り落とした。コンクリートに叩きつけられたそれが嫌な音を立てるが、下を見て確認する余裕はない。
おそるおそる振り向くと、追ってこないと思っていた安室さんが、首を少し傾げて立っていた。

「…………な、んで……?」
「あなたならここに来ると思いました」

やばい。なんだ、こいつ。
ゾッとして後ずさった私の背に、むき出しの冷たい温度が伝わる。
行動を、読まれた。

それは追い求める者の技術である。例えば人の行方を捜すとき、それが家族などのよく知っている人物なら「彼はここに行くはずだ」と気付くことができるだろう。気付ける理由は、その人と長く共にいて行動パターンや趣味嗜好を把握し、「彼ならこうする」というのが分かるからだ。もちろんその人が何らかの計画性を持って周囲を欺こうとしていた場合は除く。
しかし追い求めることを生業とする者が、自らに近しい者を探すことは稀である。大抵は話しをしたこともない人間、時には死人をも探すことになるのだが、ではそのような人物を探す時、どうすれば良いか。得た全ての情報を組み立てて、本人との同調を試みるのだ。情報を集めれば集めるほど同調率は上がり、精度が高ければまるで手に取るようにその人のことを身近に感じられるようになる。
これは動機が不明な凶悪犯罪の犯人を捜索する際などでも有効だ。防犯カメラに残された犯人が呆然とドレッサーの前に立ち尽くしていたのなら、自分も同じ場所に立って鏡を見つめてみる。その指が櫛にからまった長いブロンドを抜きとって、綺麗だ、と呟いたのなら、自分も同じ言葉を口にしてみる。綺麗だ。……綺麗な髪だ。殺したいくらいに……。そうして同調することで、犯人の深い部分にまでたどり着くのだ。
プロファイリングと違ってわりと本能的かつ力技な部分があるため、大元の概念は訓練で理解することもできる。しかし訓練で身に付けても、やはり実践経験がないとこういう時に瞬時に使いこなすのは難しいだろう。それは彼が長年、何かを深く追い求めてきたことを示している。
彼にとって、普通の女の行動を読むなんて容易いことだ。しかし、私は。

「スマホ、大丈夫?」

目の前まで近付いてきた男が、屈んで私のスマホを拾い上げた。私はただ見つめることしかできない。褐色の手が差し出すそれを受け取れないでいると、彼は私の左手をとってスマホを握らせる。その手は握られたままだ。

「さあ、帰りましょうか」
「いやです……」

さっきまでより幾分か和らいだ声に、その顔をちらりと見る。

「ナナシさんは酷いな……他の男には2日も許すのに、僕は駄目なんですか?……僕にもくれますよね、あなたの時間」

安室さんはだだを捏ねる女をあやすような口調で、笑った。




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