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11-3



そんなわけで、FBIに閉じ込められてちょうど2日後の昼頃、私は解放された。
「裏社会に金を流す悪人の愛人」だと思われていたことは非常に心外だったが、色々な情報も手に入れることができたしそこは忘れてやっても良い。しかしどこでどんな写真が流出するか分からないものだ……今度から指輪でも付けて行った方が良いかもしれない。別にやましいことは何一つないのだが。

「君は少々向こう見ずなところがあるようだ。その根底にあるのは絶対的な自分への信頼と自信……違うか?」

大通りまで道案内されながら、そんなことを言われた。
……赤井さん、怖い。会ったのはこれが2回目だというのに、お前のことは全て分かってるみたいな口調で言うのだ。
向こう見ずなんて言葉は今まで誰にも言われたことがなかった。むしろ前の世の経験があるからこそ小さい頃から大人びていて落ち着いた子だと言われてきたし、慎重で行動力があるとか、滅多なことでは動じない鋼鉄の女とか、私を評するのはだいたいそんな言葉だった。
赤井さんが言ったことは正しい。私は、何よりも私自身を信頼しているし、大抵のことはどうにかなると高をくくっている面が確かにある。それを表に出したつもりはない。
少し前を歩く大きな背中を見つめた。

「よく分かりますね、会ったばかりなのに。ずっと前からの知り合いみたい」
「知っている男に似ているからな、君は」

返ってきたのはそんな言葉だった。赤井さんの知り合いなら、そういう世界の人なんだろうというのは想像に難くない。
大通りに出る直前で足を止めた赤井さんは、私を振り返ってこう言った。

「次は君自身の事を聞かせてくれ」
「……機会があれば……。赤井さんの武勇伝も聞きたいです」
「ああ」

武勇伝というのは軽い嫌味だ。どうにもFBIに対しては、前に関わりが深かったせいでこういう態度になってしまう。赤井さんは気にも留めずに頷いたけど。人目につく場所には出られないのだろう、そこで足を止めたままの男の隣をすり抜けて、一人で大通りに出る。と、腕が伸びてきて、大きな手が私の腕を掴んで引き留めた。

「!?」
「ああ、ボウヤからの伝言があったんだ。話があるから直接会って話したいと」

落ち着いたら連絡してやってくれ。そう言って、赤井さんは私の腕を解放すると、元きた裏路地へと消えて行った。

「か、変わった人だなぁ……赤井さん……」

誰もいなくなった狭い通りを見つめて、ぽつりと呟く。落ち着いたらこちらが連絡ということは、コナン君は私がFBIに捕まっていたと知っているわけか。コナン君も謎が多すぎる小学生である。
さて、まずは職場に連絡しなければ。どうやらここからだと家より会社の方が近いが、今から出勤するにしても一度着替えに戻った方が良いだろう。返してもらったスマホの電源を入れて、と。

「ナナシさん」
「っ!?」

唐突すぎて、鞄から取り出したスマホを落としそうになった。
聞き覚えのある声に名前を呼ばれ驚いて振り向くと、そこには2日前に霞が関で別れた安室さんの姿。

「……安室さん……びっくりした……」

ポアロからはそう離れていないが、こんなところで会うなんてすごい偶然だ。そうだ、家に帰ったらメールしろと言われていたんだった。まぁまだ帰ってないんだけど。どう説明しようかと思って安室さんの様子を窺うと、彼の視線は今しがた私が出てきた路地裏の方に向けられていた。もう赤井さんの後ろ姿は見えないけれど、FBIは内密に活動しているらしいし、安室さんの正体がどうあれ接触しないに越したことはないだろう。

「あ、あの、連絡できなくてすみませんでした……ちょっと色々あって」

安室さんの視線の先に回り込んでそう言うと、彼は路地から視線をずらして私をじっと見下ろす。

「気にしないでください。……ところで、さっき誰かと話してましたよね」
「え!?」

もしや、少し前から近くで見ていたのだろうか。ならば位置的に赤井さんの腕くらいは見えたかもしれない。でも、なぜ?偶然通りかかったわけではない、のか。ちょっとだけヒヤリとしたものが背筋を伝って、私は困惑して安室さんを見上げた。スッと細められた目が私を捕えて離さない。

「もしかして……」

いつもより幾分か低い声がその薄い唇から紡がれる。

「ずっとその男と一緒にいた、とか?」

男だとバレてるということは、やはり見ていたのだろう。もしくは私が呟いた名前で分かったのか。理由は分からないがとにかく怒っているらしい安室さんに、私は慌てた。視線は鋭いし、唇は引き結ばれているし時折その眉間に皺が刻まれる、こんな安室さんは見たことがない。笑みのカケラもないのだ。

「……い、いえ、なんていうか、そうせざるを得なかったと言いますか、ちょっと部屋から出してもらえなくてですね、私は早く帰りたかったんですけど、……」
「なるほど」

弁解じみたことを言っても彼は冷たい表情のままだった。いや、事実というか、確かに自分からついては行ったけどすぐ済むっていうからそうしただけで、私は悪くないんだからね!
なるほどと言いつつ何も納得していない様子の安室さんは怖かった。例の悪の組織バージョンの時も悪い人オーラが出ていてそこそこ怖いのだが、今はその比じゃないくらい怖い。とてもやばい雰囲気だ。私には分かる。これはダメだ。




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