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08-2




『次のニュースです』

お邪魔した時からついていたリビングのテレビが、夜のニュース番組を放送している。コナン君がいるとはいえ、いまの今までまったく会話をしたことがなかった人と意味もなく向き合うのも困難だったので、テレビがついていてまだ良かった。コナン君は私の隣でカップを両手で持って飲んでいる。かわい……、……アナウンサーの美人なお姉さんが淡々とニュースを読み上げるのを、温かい紅茶を口にしながら何となく耳にした。

『ベルツリー急行の車内で起きた殺人事件について、その後の貨物車爆発との関連を調べています。なお、現場の遺留物から爆破に使用されたのは軍用プラスチック爆弾の可能性が高いと見て、当局は入手ルートについて調査を行うとしています』

5日前に起きたベルツリー急行内での殺人事件は大々的にニュースになっていた。ベルツリー急行というのは行き先不明のミステリートレインという触れ込みで、年に一度開催される乗客参加型の人気の推理イベントだ。
犯人推理のイベントで本当の殺人事件が起きるのもびっくりだが、どこかの誰かが軍用の爆弾で列車の一部を吹っ飛ばしたというからもっと驚きである。軍用爆薬といえば有名なところでコンポジション4があるが、トンネル工事等で機械でも掘削できないような岩盤に使用するダイナマイトより更に高い威力を誇る、マジもんの爆薬である。いったい、どこのアホがそんなもので貨物車を爆発させたのだろうか。脳裏にチラつく影に、世の中には理解できないことがいっぱいだなぁ……と現実逃避気味に思案していると、コナン君がカップをソーサーに置いた。

「この列車、ボクと昴さんも乗ってたんだけど、途中の駅で止まっちゃったんだ」
「え、2人とも乗ってたの?」
「ええ、せっかくのイベントだったのに残念ですが、あんなことがあったので仕方がありません」
「そうだったんですか……怪我もないみたいで良かったですね」
「そうそう、安室さんも乗ってたんだよね!」
「……そうなんだ」

まさにいま脳裏にチラついていた人物の名前が出てどきりとした。ベルツリー急行の話題を目にするたび、思い出すのはあの日誰かと電話をしていた安室さんの姿。ベルツリー急行がどうのこうのと話してたような……会話は全然覚えてないけど。いや、ヤバいとは思ってたけど、そんなマジにイカれた組織の人だったとは思っていなかった。事件とは関係ない可能性もあるが、電話の直前の話題が人ひとりの始末だっただけに疑わざるを得ない。

「ナナシさんって、安室さんと仲良しなんだよね?」
「……そう見える?」
「だってこないだ、ショッピングモールに2人でいるのを見かけたよ」
「ぐっ……」

喫茶店の常連だから、まぁそこそこにね。などと適当に誤魔化そうと思ったら、まさかの目撃者がここにいた。

「蘭姉ちゃんと園子姉ちゃんがパンケーキのお店に行きたいって言うから、一緒にショッピングモールに行ったんだ。そしたらお店に行く途中の帽子屋さんにナナシお姉さんと安室さんがいて……ナナシお姉さんが安室さんの頭に帽子を乗せてたのを見たよ」
「…………」

私は黙って自分の手で顔を覆った。なんかぜんぜんやましいことないのにすごい恥ずかしい。安室さんが髪が目立つから帽子がほしいとか急に言い出すから。いつも目立ってるくせに、何故かあのタイミングで言うから……。黙った私に、突き刺さるふたつの視線。もちろん安室さんと私の仲をからかうようなそれでないことは分かる。この2人は、安室さんと繋がりのありそうな私を探っているんだ。ここに私を招き入れたのも、それが目的なんだろう。そしておそらく、騙されている一般人の女を心配してくれている。

けど、おかしいな。コナン君は確かに、前から安室さんを気にしていた風ではあったけど、今日のようにあからさまに探りを入れてくることなんてなかったのに。ひょっとしてベルツリー急行で変化があったのだろうか。

「実は私の会社で事件があって、安室さんが探偵として調査にきてたんだ。事件が解決したから、報告がてらちょっと買い物してて……そんなとこ見られてるとは思わなくて、なんていうか、忘れてくれる?」
「ふーん……」
「その事件というのは?」
「あ、そんな深刻な事件じゃないんです。犯人も捕まりましたし……」

始末されたかも分からないけど。
顎に指を添えて何やら考え込む昴さんとコナン君。なんか似てて面白いぞ。

コナン君も、昴さんも、安室さんも。私が彼らの姿を見るようになったのはわりと最近だ。知らない住人が街にひとり増えるなんてごくありふれたことではある。けれど、大学院生だという昴さんはおそらくただ者ではなくて、コナン君も、私の勘が間違っていなければ普通じゃない。安室さんは言わずもがな。安室さんが悪の組織の人間だとして、普通に考えたら彼らはそれに敵対する何かなのだろうが、やはり小学生のコナン君の存在が引っかかるな。
コナン君って、私と同じように前世の記憶があるのでは?なんてことを考える。自身が普通を逸脱した存在だと、自分以外にも例があるのではないかと考えてしまうから困ったものだ。未だかつて出会ったことはないけれど、そんな人間がいるとしたらおそらく私と同じように隠しているだろうから。

その後も色々と質問されて、私が工藤邸を後にしたのは21時頃になっていた。
ちなみに、帰り際にごねられて連絡先を交換した。何故か昴さんとも交換した。名字は沖矢さんというらしい。
今まで深く関わるまいとしてきたのに、ここにきてコナン君と繋がってしまった。沖矢さんなんてさっき関わるのをやめようと思ったところなのにもうこれだ。見えない力が働いているとしか思えない。
しかし、触れまいとしてきたものがこうもいくつも目の前にあると、元の性質もあって気になってしまうものだ。触れずに取っておいたそれらはいつの間にかそっと重なって、連鎖を起こすのだろう。……どうか反応しあって爆発だけはしないでほしいものである。

……家に帰って、寝よう。

工藤邸の門を出たところで、視界の端を見覚えのあるフォルムの白い車が通り過ぎたような気がした。




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