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08-1



時刻は20時過ぎ。
本業でない方の仕事帰り、近道のために公園を突っ切ろうとした時だった。

「……ん?」

話し声が聞こえて、無意識に足音を消していた。夜の公園から声が聞こえたら大抵は近付きたくないと思うだろう。だがその声に聞き覚えがあるような気がしたのだ。すぐに誰の声だと判別できないので、そう近しい人物ではない。

「……だよ、……分かっ…………だろ」

距離があるのと、木が生い茂っている場所なので会話自体はわからない。けれど、やっぱりどこかで聞いた声だ。どこだったかな、と考えながらさらに近付く。本当に注意して進みたいならほふく前進でもするべきなのだろうが、下手をすればおまわりさん事案になりそうなのでやめておく。自身が踏みしめる土や、体に触れる葉に気をつけつつ、人の気配がするほう……ブランコの辺りの様子を木の影からゆっくりと窺った。すると、そこには見知った姿が。予想していなかった人物で驚いたのだが、あれ?と思うのは、他に誰もいない。確かにさっき、声がしたのに。その声と、いま私の視界にいる人物が別人であることは間違いなかった。
ちょうどスマホをポケットにしまって息を吐いているその子に、声を掛ける。

「コナン君?」
「っ……!?」

声を掛けた相手、コナン君は驚愕に目を見開いて固まってしまった。急に木の影から出てくるなんてびっくりさせてしまっただろうか。明日から小学校に公園の幽霊の話が広まったらどうしよう。私は慌てて「ごめんね、驚かせて」とコナン君に近寄る。コナン君はちょっとだけ後ずさった。あれ、これってオカルトというより事案ではないか?

「コナン君……私のこと分かる?どうしたの?」
「あ……うん、ナナシお姉さん!急に声を掛けられたからびっくりして」

はっとした様子で、コナン君が取り繕うように頭を掻いた。辺りを見回して誰もいないことを確認すると、私は身を屈めてコナン君の顔を覗き込む。怯えているというよりは焦った顔をしてるな。

「今、ここに誰かいなかった?」
「え!?い、いないよ誰も……」
「……そっか。私はいま帰るところなんだけど、こんな時間に何してるの?」
「遊んでたら遅くなっちゃって……」

男の声が確かに聞こえたけど、私が覗き込む前にどこかへ行ってしまったようだ。そんな時間あったかなぁ……。こんな時間にひとりで遊んでいたコナン君もなんか不自然だし。何かを隠しているらしいコナン君のことは気になるけど、もう夜だし、仕方がない。

「も〜、危ないでしょ!ひとりでこんな暗い場所で!家まで送ってあげるから、帰ろう?」

コナン君の手を取って、探偵事務所の方角へ歩き出そうとすると、コナン君は「あっ!」と声をあげた。

「ボク、今日は博士の家に泊まるんだ!」
「博士って、よく話してる阿笠博士?工藤君の隣の家のだよね?」
「うん、そうだよ!だから、送ってくれるならそっちがいいな」
「…………うん、わかった」

返事の間が開いたのは、コナン君の目がキラリと光った気がしたからだった。……何だろう?
阿笠博士とは散歩の途中で挨拶を交わしたことがある程度なのでよくは知らないのだが、面白い発明品をたくさん作っているらしい。米花町ではそこそこ有名人だ。
毛利探偵事務所に行くよりもずっと近いので、ま、いいか。





「ひ、広いおうちだね……」

えーと、何でこうなってしまったんだろう?小学生をそのまま放置することもできず、近いからいいやと軽い気持ちだったのが間違いだった。コナン君を阿笠邸に送って終わりのはずだったのに、テーブルには透明度の高いオレンジ色の液体が注がれたティーカップが3つ。いや、まあ、送ったお礼に家にちょっと上がるとかなら別に私も嘆きはしない。でもその場合、家に上がるなら阿笠さんちだよね。

「ねえ、私あがっちゃって本当によかった?工藤君いないんでしょ?」
「いいんだよ!今は昴さんが住んでるから、無人ってわけじゃないし。新一兄ちゃんもいいって言うと思うな」
「そ、そっか……」

いや、よくないだろ。
私もコナン君に「ボク、ナナシお姉さんともっとお話ししたいなー!」とか言われて考えもせず頷いちゃったのがよくなかったんだけど。そのあと「ボク、昴さんの紅茶が飲みたいから、新一兄ちゃんの家に行こう!」と続き、スバルさんとやらについて質問する間もなくここへ引きずり込まれてしまった。子供相手だと逆に抵抗できないものである。些細なことが事案になりそうで。
昴さんというのは現在この家、工藤邸に住んでいる大学院生で、いま私の向かい側に座っている男の人だ。天下の東都大学、工学部に在籍中らしい。住み始めたのは最近ということだが、工藤君の親戚とかなのだろうか。工藤君にちっとも似ていないし、怪しい。……と思うのは、私が深夜に散歩していた時に、ものすごい殺気のこもった視線で射抜いてきた人物ではないか、と疑っているからだ。
外見は茶髪で、短髪だけどくせ毛のせいか少し長めに感じる。眼鏡をかけていて、背が高くてかなり体格が良い。いつも、背高いな……と見上げている安室さんと同じくらいかもう少し高いかもしれない。エリート大の工学部にいそうな典型的な細くて眼鏡をかけた黒髪の男の子、というイメージとはかけ離れている。顔はかなり整っていると思うが、目が悪いせいなのか始終目を細めていてあまり表情が分からない。あと、どこを見ているのかも分からない。やはり怪しすぎる、ということで、私は極力触れないことを心に決めた。




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