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07-3



ちょっといいですか。安室さんがそれはもうカッコ良く手を差し伸べてきたので抗えずにまぁ手を取りましたよね。あまりに不本意なのが滲み出てたのかすごい笑われたけど。階段を降りて、そのまま手を離してもらえなかったのでまぁ繋いだまま歩きますよね。で、なんかみんなが座ってる椅子に座るかと思いきやそうじゃなくて、一番端にあるマリアっぽいヤツの前に今ふたりで立ってるわけですよ。あの、階段降り始めたところから割と注目浴びてたんですけど。……今、めちゃくちゃに目立っている。

色とりどりの光彩がこの身に降り注ぐ。巨大なステンドグラスの下にいると、ここは教会かと錯覚するほどだ。ここまで近付くと、マリア像っぽいのも大人の私達が見上げるほどでかい。正直私は過去のあれこれで宗教を感じさせる物は苦手だったりするんだけど……それは今どうでも良くて。横を見ると安室さんが真顔でマリアを見つめてて、かっこい……じゃなくて。
背中に感じる視線だけじゃない、この場所は2階と3階からも丸見えなわけで。え、安室さんはそんなに目立って大丈夫なの?というか私が駄目だ。
こんな時ばかり私の強い視線に気付かない安室さんに、私は耐えきれず声をかけた。

「安室さん、私パンケーキ食べたい」
「ええ、後で行きましょうね」
「…………安室さんってこういう女性がタイプなんですか?」
「悪くありませんがもう少し柔らかそうな方が好きです」

おい。
冗談を言いつつも視線を外さない安室さんから手を離そうとするも、離せなかった。それどころか腕すらびくともしない。どんだけ腕力があるんだ。

「あの、安室さん……」
「何でしょう?」
「そろそろ行きませんか?みんなに見られてて……」
「……でしょうね」

ようやくこちらを見た安室さんはまたあの顔をしていた。何でそんなに困ったように笑うの。さっき乱れた髪は何故か綺麗に整っている。ミラクルだ。

「や、そんなに困った顔するなら離してくださいよ」
「駄目です」

即答である。
彼はジッと私を見つめて、少しだけ意外そうに首を傾げた。

「僕に困った顔をさせている自覚はあるんですね?」
「え!?す、すみません!?」

思いがけない言葉に反射的に謝ってしまった。ていうか私のせいで困ってるのか。マリア見てたくせに言いおる。さっきから彼がそんな顔をする理由がまったくわからない。悪くないのに謝る典型的な日本人みたいだな、と思っていると、同じことを思ったらしい安室さんが小さく笑った。

「理由も分からないのに謝るのは良くありませんよ。相手が……」
「……?」

言いかけた言葉が途切れたので、自然に彼の唇を見つめる。すると薄い唇は弧を描いた。うっかり目が離せなくなっていると、その顔が近付いてくる。私が驚いて反応するより前に、彼は身を屈めて、わざわざ私の耳元で再び唇を開いた。

「相手が付け上がりますから」
「!!」

バッと耳を押さえて飛び退……くのは片方の手を握られていてできないので、できる限り安室さんから体を離す。いたずらが成功したとばかりに笑っている目の前の男に、なんかもう逆にムカついてきた。
じろりと効果音がつきそうなくらいに睨み上げると、彼が面白そうに目を細める。

「……安室さんが」
「……何ですか」
「今日はなんか変だから……」
「僕は元からこうですけど」

しれっとそう言われた。確かに見かけはいつもと変わらない。この近々いなくなってしまいそうな危うい感じも感覚的なもので、私が勝手に感じ取ってしまうだけだ。ちら、と周囲を見て、やっぱり周りの視線がこちらに集まっているのを確認して眉を寄せる。そうだ、いつもこうやって外見で女を騙くらかしているに違いない。悪の組織のくせにこのイケメンが。だんだん八つ当たりが入ってきた。
私は深々と頷いてみせた。

「まあ確かにそうですね」
「それどういう意味で言ってます?」
「あっ!?安室さんがいつも女の子騙してるとか思ってませんよ!?」
「なるほど」

心を読まれたかと思い焦った挙句に本音を言ってしまった私に、安室さんは今度こそニコリと完璧な笑顔を浮かべた。そして割と強めに、大きな手で私の頭を真上からガシッと掴んできた。

「ひゃああ!」
「それは聞き捨てならないな」
「いや、冗談です!」
「どうだか……ナナシさんこそ、こうやって男を騙してるんじゃないでしょうね?」
「ど、どの辺に騙される要素がありましたか!?」

必死で体を捩って安室さんの手から脱出しようと試みながら、今度はこっちが聞き捨てならないことを言われて驚愕する。騙すなんて人聞きの悪い、というかあんたにだけは言われたくないわ。驚く私を見た安室さんは片眉を上げて、「は?」っていう感じになったので私は少し心に傷を負った。もしやこれがこの人の素だったりするのだろうか。

「…………ナナシさん、いいですか?男は単純な生き物なんです」
「は、はあ」
「不用意に触れるのは感心しません」
「へっ?」

頭から手を離して、ついでに指先で髪もそっと整えてくれた安室さんは、私に言い含めるようにそう言った。
そんな風に言われて、自分の行動を思い返す。まあ……けっこう、自分から安室さんに触っていたかもしれない。言い訳をするなら、元いたところはスキンシップ多めだったのだ。それが日本人的にはちょっと過剰であるというのも頭では理解しているのだが、どうしてもそうなってしまう。そう言えば学生時代もそれが原因で先輩を誤解させたことがあって、「あんたも半分くらい悪い」って友達に言われたっけ。でもちょっと触ったくらいでそんなこと思うなんて、まったくこの国の人間は。そこまで考えてから、ふと、過去に銀髪のものすごい美人にそっと二の腕を掴まれてグリグリされた時、今夜、イケるんじゃね?と思ってしまった記憶が蘇ってきた。結局ちょっと油断して痛い目に遭ったんだった。やめろ、急に思い出が殴りに来るな。心が痛い。結果、男って国とか関係なくそういうものだよね……と私は思い出した。

た、大変失礼しました……と思って繋いだままの手をさっそく振り解こうとすれば、「いや、そうじゃない」とぎゅっと握られてしまう。これはいいのか。男心、難しい。恨めしそうに安室さんを見つめると、彼もまた、呆れたようにこちらを見下ろしていた。なんで。

「僕はいいんですよ。でも前に言いましたよね?もう少し自覚を持った方がいいって」
「はい……」
「じゃないとこんな風に捕まってしまいますよ」
「す、すみませんでした……」

私が安室さんの頭を撫でなければこうはならなかったって言いたいんだろうけど、なぜ私は怒られてるのだろうか?いいじゃん撫でるくらい。お前がいつもの軽い感じで受け流せよ。完全に自分の行動は棚上げして、心の中で愚痴を呟く。でも何となく怖いので愚痴は5秒で終わりにした。
ようやく安室さんの気が済んだのか、目立ちまくっていたマリア像の前からの移動が許される。ほっと息を吐いて、それでも指が解かれることはなかったので、安室さんを引っ張り気味に広場を後にした。
まったく、怒りたいのはこっちなのだ。確かにきっかけを作ってしまったのは私だったかもしれない。過去への贖罪か、それとも、これからすることへの何らかの罪の意識なのか。神を信じない私なんかの手を握って、まがいものに声もなく悔いるあなたを。
私が本当に普通の女で(今もそのつもりではいる)、きょう彼の心の機微を感じ取れなかったのなら、困った顔をさせることもなかったんだろう。同時に、一生その深淵を覗くこともなかったんだろう。ならば私は、私であることを嬉しいと思ってしまった。なんてザマだ。今度は私が溜息を吐く番である。それを見てどう思ったのか、彼はこちらを覗き込んで「ナナシさん」と呼びかけてくる。

「パンケーキ、食べに行くんでしょう?その後は僕にも付き合ってくださいね」

さっきまで完全に私の行きたいところに行くという感じだったのに、急に行きたい場所ができたんだろうか。よく分からないが、いつもの安室さんが隣にいたので、私は黙って二回頷くしかなかった。

安室さんはふっと笑って、繋いだ私の手を引き寄せた。

くそ……顔がかっこいい。



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