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07-2



軽い昼食をカフェで済ませ、すぐ近くのショッピングモールへとやってきた。
行きたい場所はあるかと聞かれて浮かんだのが、ここにあるパンケーキ屋さん。数ヶ月前に人気のアイドルグループがテレビ番組でレポをして、大人気になったお店だ。私はアイドルには詳しくないので人物にはピンとこなかったが、その時に食べていた生クリームがたっぷりホイップされたベリーのパンケーキが本当に美味しそうで、いつか行きたいなぁと思っていたのだ。いや、たったいまご飯食べたでしょ?忘れた?と突っ込まれるかと思いきや、優しい安室さんはそんなことは言わずに笑顔でいいですよと頷いてくれたので甘えることにする。
服を見たい気持ちもあったけど、そんなことに彼氏でも友達でもない人を付き合わせるのはどうかと思っての選択でもあった。……どっちもどっちか。ていうか安室さんって、じゃあ何なんだ?怪しいお兄さんか。怪しいお兄さんと一緒にパンケーキ……なかなかに面白い。

ショッピングモールは西洋風の建築になっており、3階までテナントで隙間なく埋まっているのが見渡せる。オレンジだったり、ブルーだったり、店によって違う色の照明がきらきらしていて綺麗だ。新しい建物で、雑誌の特集では異国の街並みを模したショッピングモールと紹介されていたのを覚えている。吹き抜けの天井には不思議な色の空模様。現実ではあり得ないその色と、モールの突き当たりに設置された巨大なステンドグラスの組み合わせは一度見たら忘れないだろう。

「テレビでしか見たことなかったですけど、外国というより異世界みたいですね」
「少し歩きましょうか」
「はい」

頷いて歩きながら、安室さんの横顔をちらりと窺う。
ダークサイド的な面を見てしまった後なのでそう感じるのかなぁと思ったのだが、今日はいつもと様子が違う気がする。どこがと言われると、すぐに答えられないんだけど。で、私が見てると安室さん、すぐに気付くんだよなぁ。

「ナナシさんは、外国に行ったことは?」
「学生時代に1回行ったきりですね。でももっと行っておけば良かったかな。大人になるとなかなか行けなくなりますし。安室さん、探偵と喫茶店を掛け持ちなんて、出かける暇ないんじゃないですか?」

もう一つ、たぶん悪の組織的な何か(仮)を掛け持ちしているのだろうが、掛け持ちの振り幅が大きすぎる。キャラ変しすぎてわけがわからなくならないのだろうか。そう言えば口調は一瞬を除いてほぼ変わらなかったような。あれがコツなのかもしれない。

「まあそうですね。ああ、外国ではありませんが、少し遠出する予定はありますよ」
「へえ〜、旅行ですか?」
「旅行なら良かったんですが……」

モールの突き当たりまで歩くと両端の店はなくなり、ステンドグラスの真下に少し開けた空間があった。7段の短い下り階段の先に、マリア像っぽい女性の像と長椅子が数脚ある。ちょっとした休憩スペースのようだ。
月と砂漠をモチーフにしたステンドグラスは、単なるショッピングモールの装飾と思えないくらいに大きくて細部まで凝った作りになっている。

そうか、仕事で遠いところに出かけるのかぁ。あまり楽しい内容ではないみたいだ。先に階段を降り始めた安室さんの後ろ姿を見て、今日ずっと感じていた違和感が、頭の中で鮮明なものになった。そうだ、これだ。懐かしいような、少し寂しい感覚。その正体を思い出した。
私、こういう顔をした人を知ってるんだ。

徹夜明けの私を急に訪ねてきたそいつは、腕の良いスナイパーだった。明日、遠方の任に出発するから、酒を持っては行けないからとっておきのヤツを今飲もうと言ってきた馬鹿だった。ひょろ長くて、スナイパーらしからぬ見た目の黒髪の男だった。
またある人は、軍事機密を専門に狙う探り屋だった。浅黒い肌にくせ毛だったか。バーに呼び出したかと思えば、いつも通り無口で全く喋ってくれなかった。
普段からやけに私に突っかかってきたブロンドの勝気な女はFBIの捜査官だった。私と彼女の組織は相容れない面があったため言い争いが絶えなかったが、いつになくしおらしい態度でベッドに誘ってきた。シーツの間で、もっと早くこうすれば良かったと思うほどに彼女は魅力的だった。

みんな、次の日死んだ。

誰もが今生の別れとは知らずに、いつも通りの言葉を交わす。けれど職業柄、予感は常々あって。私が"それ"を感じてしまうのは、長く生き、散々置いていかれたからなんだろう。だが結局、自分も誰かを置いて行くのだ。その流れは止めようがないし、似たような信念を持っていたからこそ口を挟むなんてことは考えなかった。
けれど今、私は自由だった。

「安室さん、無事に戻ってきてくださいね」

少し先を行く彼の背に声を掛ける。咄嗟に出た言葉だった。彼が世のためにならない人間なのだとしても、それが今の私の心だった。
振り返らずに階段の途中でピタリと止まった背に、一歩近付く。両手を伸ばして、段差でちょうど目線の高さより下にある彼の頭をくしゃりと撫でた。初めて指に触れた金髪はさらさらと心地良い。ちょっとだけくせ毛だ。手を伸ばすことが許されるというのは、いいものだな。
撫で回してから、ハッと我にかえる。ゆっくりと振り向いた安室さんは虚を衝かれたように目を見開いて、唇を引き結んでいた。
あ、しまった。

「あ……安室さんは探偵だから、色々あるでしょう?……そう!外は危険がいっぱいですからね!」
「…………」

やべえ、あまりにも安室さんがいなくなりそうだったから、うっかり戦友送り出すみたいになってしまった。しかも誤魔化そうとしたら言葉のチョイスを間違えてお母さんみたいになってしまった。外ってどこだよ。もう少し偏差値高めの言葉があっただろうに。
彼は唇を薄く開けたが、言葉にはならなかった。ちょっと乱れた髪の安室さんが新鮮すぎる。自分でやっておいて、直す勇気はない。最終的に笑顔で乗り切ろうとする私に、安室さんは3回瞬きしてからようやく「そうですね」と返事をしてくれた。はぁ、と吐かれた溜息に、あれ、なんか前にもこんなことが……と思い出す。

「……ナナシさん」
「は、はい?」

褐色の大きな手のひらが目の前に差し出される。安室さんは少し困ったように眉を下げて、笑った。彼らしくもない、完璧ではない笑顔だった。

「お手をどうぞ。階段は危険がいっぱいですからね」
「うっ」

彼を触ったらダメと認識しようが、戦友として送り出そうが、子供扱いしようが、常に私を女として扱ってくるのはいかがなものか。何より、あれだ。
ステンドグラスをバックに、こちらを見上げる彼の視線。見たこともない顔で待つのをやめてほしい。

「どうしました?」
「い……いちいち、かっこいい……ので、やめてください……」

ものすごく悔しそうに手を取ったら、大笑いされた。




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