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07-1


※本誌ネタバレ含みます




通りに面したウッドデッキのオープンテラス。
私はそこで安室さんから、例の社内での暴行事件が解決したことを聞いた。で、でしょうね。元凶の専務が消され……行方不明になったので。
安室さんにとっては報告するのが自然な流れなのかもしれないけど、私は内心冷や汗ものだ。
あの逃げたほうの人、どうなったんだろう。私に対して何のお呼びもかからないということは、まだ逃走中か、捕まったとしても私のことを喋っていないかのどちらかだ。まぁあいつ、私の名前なんて知らないだろうからお呼びがかかるとしたら従業員全員になってしまうだろうけど。当然だが安室さんの口から専務やその男については一言もない。

頬に心地よい風を感じながら、パラソルの向こうの青い空と、街路樹の整備された通りを人が行き交う様子を見つめる。
私がそうすると、向かい側に座った彼も同様に通りに目を向けたのが視界に入った。

「いい天気ですねぇ」
「そうですね〜」

とても拳銃を持って不穏な発言をしていた男と同一人物とは思えない。
運ばれてきたアメリカンクラブハウスサンドとサラダを2人で食べながら、私は考える。
事件の報告をしたいと言われて来たんだけど……何でデートみたいになってるの?いや、私としては事件の話題はもう聞きたくないというか、受け身になってしまうので緩い雰囲気なのはありがたいのだが。ひょっとして私が不本意にも色々絡んでしまっていることに勘付かれたかとも思ったのだが、安室さんからはそんな空気は微塵も感じられない。普通にサンドイッチ食べて、「ターキーもいいですけど僕はこれに挟むならローストチキンのほうが好きですね」とか言ってる。

「ナナシさん、この後行きたい場所はありますか?」
「うーん、そうですね……」

と、何となく通行人を見ながら考えていると、向こうの方から通りをぱたぱたと走ってきた男の子が、デッキ越しの私達の目の前で盛大にすっ転んだ。
ずべっ、と豪快な音がする。

「ボク、大丈夫!?」
「うっ……」

思わず椅子から立ち上がってデッキから覗き込む。幸い道路は石一つなく舗装されているので、怪我はなさそうだ。子供って、何でこう全身で地面にダイブしてしまうんだろう。何とか体を起こしたものの今にも泣き出しそうなその子を慌てて宥めて、これ、跨って柵越えてもいいかな?スカートを履いた女として、それっていいかな?安室さんへの逆セクハラになるのでは?と迷っていると、買い物袋を抱えた女の人が小走りでやってきた。

「ちょっと、なにしてるの亨!だから走っちゃダメって言っ……あ、うちの子がすみません……」

母親らしい。鬼のような形相から一転、こちらに気付くとぺこぺこと頭を下げる。私もつられてぺこぺことしつつ、泣かなかった男の子を心の中で褒めた。まだ痛いのか、母親に引っ張られながらうるうると潤んだ目でこちらを振り向く男の子に、手を振る。

「バイバイ、とおるくん」
「…………」

男の子は涙を堪えながら無言で手を振り返してくれた。か、かわいい。思わずきゅんとしてしまう。
後ろ姿を見送って席に戻ろうとしたところで、安室さんに見られていることに気付いた。いや、この流れなら見るのは自然なのだが、そうではなく、驚いたようにこちらを凝視していたのでおやと思ったのである。
いつもコナン君に絡んでいるし、もしかしてショタコンの気があるとでも思われたかな……と妙な心配をして、理由に気付く。忘れてたけどこの人もとおるくんだった。そりゃ微妙な気持ちにもなるわ。

「この辺は親子連れが多いですね」

コホンと咳払いをして椅子に戻った私は、そう言ってサンドイッチを口に運ぶ。再び向かい合う頃には安室さんは元の表情に戻っていた。

「近くにデパートがありますからね。そういえばナナシさんのご両親は、近くにいらっしゃるんですか?」
「いえ、実はどこにいるか分からなくて……」
「え?」
「あ、行方不明とかじゃないんですよ?連絡は取れるんですけど、奔放な人達で。今はどこにいるのかな」
「縛られない生活も楽しそうですね」

確かに、お金さえあればそういう生き方もいいかもしれない。日本は本当に働き詰めの社会なので、仕事がある限りなかなか実現できそうもないけど。
アイスティーを一口飲んでから、ふと、気になっていたことを聞いてみる。

「安室さんは、ハーフ?」
「ええ、そうです。日本で生まれて日本で育ったので、たまに忘れますけどね」

こういう質問をしたくなるのも、私が今すっかり日本人だという証拠だなと思う。安室さんもこの手の質問には慣れているのか、すんなりと答えてくれた。
それにしても色素の薄い髪に黒いシャツ、似合うなぁ。純日本人の容姿とは違うので、服も似合う色が違うんだろう。ロールアップでくるぶし辺りが見えてるのも、肌が褐色なだけですごくカッコよく見える。……事あるごとに安室さんの見た目に感心することを忘れない私だが、外見だけでいえばかなり好きなのだと思う。ということに最近気付いた。雑誌のモデルさんや芸能人を見る感覚に似ているかもしれない。けど、これは誰だってそうだろう。現に道行く女の人がテラスにいる安室さんを2度見しているし、何なら男の人も見てる。顔がいいって得だなぁ。色々なことにおいてスタートラインが違うもん。元・男としてはジェラシーすら感じる。
うっかり視線に殺気を込めてしまったかもしれない。安室さんが不思議そうに首を傾げた。

「……どうしました?」
「あ、いえ、私も安室さんみたいにかっこいい男になりたかったなぁって」
「はぁ、そうですか……、……ん?」
「ん?」

返事が色々おかしかったせいで安室さんのフォークが止まってしまった。私が誤魔化すためにすかさず首を傾げると、それ以上は聞かずに、私の顔をじっと見てからフリルレタスが刺さったそれを口に運ぶ。
たまに妙なことを言ってしまう私に慣れて、スルーすることを覚えたのかもしれない。
さすが、できる大人の男は違うのである。



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