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06-3


そんなわけで、冒頭に戻る。


私は極力窓際から離れ、大きめのデスクの椅子をずらして潜り込むことにした。あれ、さっきこんなファイル机に出てたっけ?またこの部屋で時間を潰すのか……もうトラウマになる。こんなことならあの変な男に腕を掴まれた時に頭突きしてれば良かった。でも、それはそれで結局面倒が起きただろうなぁ。殺されるって言ってる人を放置するのも何だか目覚め悪いし。そうそう上手くはいかないものだ。
そして追い打ちをかけるように、やはり事態は上手くは運ばないのである。

静かな部屋に、カチ、と、何かがハマる金属音がした。ひくりと、自分の頬が引き攣るのが分かる。
そしてドアノブを回す音。

「やれやれ、思ったよりも手が掛かりますね……」

しょうがないな、みたいなノリですんなり鍵を開け、入ってきたのはもちろん安室透だった。
くそ、何でバレた!?勘の鋭い男だ。しかもピッキングに数分と要していない。重役の部屋なんだからディンプルシリンダーにしておいてほしかった。さすがに焦って、机の下で息を詰める。

「僕もあまり暇ではありませんので、力づくで行かせてもらいます」

もうこうなったら、こっちに来た瞬間に不意打ちで仕掛けるか?相手の力量が分からない上に男と女だ。勝てるとは限らない。でも、やるしかない。そう思って拳をきつく握り締め、デスクの陰から少しだけ顔を出した時。

バン!と大きな音がして、デスクの隣にあったロッカーが勢い良く開いた。

「……くそ、お前は一体何なんだよ!」

その叫び声に、机の陰で唖然とする。私の記憶が確かなら、それは専務だった。専務がいきなり専務の部屋のロッカーから出て来た。

……えっ?あれ?

いや、あんたこそ何なんだよ!という渾身の突っ込みをどうにか堪える。まさかこいつ、この部屋にずっといたとか?こわ……落ち着け、私がここに拉致された時、人の気配はなかったはず。うん、絶対なかったはず。
懐中電灯の光に照らされた男が眩しそうに手を翳すのが分かった。

「っ……まさか、あいつを殺ったのか!?」
「あいつ?誰のことです?」

男2人が探り合っているのを横目に、思案する。
まず専務が急に出てきた理由。恐らく、安室さんが懇切丁寧に私に向かって色々喋ってる間に、5階に移動したんだろう。安室さんは「逃げ出したかと思った」と言っていた。呼び出したのは安室さんで、専務は夕方、あの実行犯の仲間に呼び出されたことを伝えた。安室さんが私のことを専務だと思っていたように、専務は専務で、4階で追い詰められている人物が仲間の男だと思ったのなら、このやりとりに説明がつく。何なんだこのすれ違い劇場は。コントか。命かかってるけど。……くそ、全部あのバカが逃げたせいだ。

答えをはぐらかされたように感じたのか、専務は激昂した。

「てめえ、俺に何かあったら組のモンが黙ってねえんだぞ!」
「ご安心ください。何かあったと悟られないように、痕跡ごと消しますから」

普通の男に見えたが、恫喝めいた言葉はやはりそっちの人なんだ、と思わせる。で、それに対してまったく動じていないほうも一体何者だよ。この位置からだと懐中電灯の光を横から見ているので、安室さんが身に付けたホルスターから抜き去ったモノも確認できた。殺される云々のあたりで予想はしていたけど、日本でもこんなに堂々と拳銃を持ち出す奴がいるとは。

「くそっ!!」

鋭く舌打ちをして、専務は安室さんに飛びかかる。撃たれる前に先制攻撃を仕掛けた。フリをして、右手を突き出し体を捻って安室さんの隣をすり抜けた。ドアを開けて、足をもつれさせながら逃げる姿はお世辞にも目に留まらぬ速さではなかったのだが、安室さんは追わない。
元から撃つつもりはなかったように見える。彼の手にしている銃は珍しい銃で、グリップを握りこまないとセーフティが解除されない。その音が聞こえなかった。命中精度の高い銃ではあるが、ただ撃つだけならともかく、構造上、慣れないと扱いにくい銃だ。それだけで彼がこの銃を比較的長い間使用しているであろうことが見てとれる。

シン、と一気に静かになって、私は緊張した。
安室さんは銃はそのままに、懐中電灯をしまうとスマホを取り出して電話をかけ始めた。再び室内は暗くなり、薄ぼんやりとした月明かりが窓から差し込む。

「ああ、手筈通りに。後は任せたぞ」

相手はワンコール目で応答したようだった。普段の敬語ではない硬い口調だ。無駄のない短い会話で電話を切る。これが素なのか……と思っていたら、すぐにまた電話を掛け始めた。今度は数回、コールする。

「……例のあの男ですが、残念ながら使えそうにありませんね……ええ、先ほど。この件は僕に任せてくれますよね?……勿論です。あなたのお望み通り、始末しますよ。ところでベルツリー急行の件ですが……」

声は低めだがいつもの口調になっている。心なしか柔らかい話し方だ。
彼はその通話を終えると、こちらには見向きもせずに部屋から出て行った。

よ、よかった。「鼠が紛れ込んでいるようですね……」みたいな展開にならなくて。
しかし、不思議なことがたくさんあった。彼は一体、何者なんだろう。自分が見たままを信じるならば、悪人。けれど一見意味の分からない行動と、ところどころに感じる違和感。前にもふと感じたような気がする。
今はまだ答えにたどり着けそうにない。

そしてこの日以降、専務の姿はどこにも見当たらなくなった。





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