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24-13



「知りたいですか?」
「…………それを聞けばこの理不尽な状況に少しだけ納得できるかもしれないと思いました」
「そうですね……あなたが覚悟を決めてくれるならお話ししてもいいです」
「覚悟って……」

それって、そういうこと?と思ったけれど、私が最後まで言い終わる前にぬっと手が伸びてきて、シートと後頭部の間に無理矢理入り込んできた。女性の頭をそうやって鷲掴むのは感心しない。顔を横に向けることもできなくなって仕方なく瞼を閉じる。こんなスポーツカーで送られてきて、出勤前に金髪のいかにもな男とキスしているところを誰かに見られたら確実に社会的死が待っている。早く終わらせようと思ったのだ。

「んんん……っ!」

むにっと触れた唇が柔らかい。食むように動いて自然と口を開かされる。するたびにこちらを翻弄する技術が上がっているというか、キスが上手くなっている気がするのだが、本当にこの人は他の女と遊んでいないのだろうなぁといらないことを悟ってしまう。
とにかく早く済ませないとと大人しくなったのを良いことに、安室さんのキスは激しかった。半分以上八つ当たりが入っているんじゃないかと思うほどに遠慮も何もない。息をしてるのに苦しくて、乱れた呼吸が狭くて薄暗い車内に響く。もういいでしょと暴れたくなるくらいの長いキスだった。

「っ……!」

唇が離れ、どこか得意げというか、やり終えて満足した顔に腹が立ってくる。煽らない方がいいのに、非難の意味を込めた文句が口から出た。

「っ……おまわりさんとは思えない行い……査問委員会にかけたら更迭されるに決まってる」
「ご心配なく。そうなる前に手を回しますので」

私の言葉はさらっと受け流され、さらには専門用語を使うなとデコピンされた。長い指だ。手加減したのかもしれないけどもちろん痛い。まずい、私への遠慮がなくなってきている。
おまわりさんの良心に訴えかけるという作戦がことごとく失敗しているところを見るに、きっとおまわりさんの心を失ってしまったのだろう。そう思って見ていると「何か?」と聞かれてブンブンと首を横に振る。正直に喋ったらたぶんシメられる。

「信じられない。悪の組織。喫茶店アルバイト!」

私は泣きながら手を振り解き、車から降りた。すごい、単に職業を述べているだけなのに妙に悪口になってる。
振り向かずに駐車場出口に向かって小走りになった私を追いかけて、そろそろと走り出した白のスポーツカーがやがて並走する。私が止まると車もピタッと止まった。

「…………」

運転席側の窓がおり、ハンドルを握った爽やかな安室さんが私の姿を上から下までまじまじと見た。女ひとりが泣いているというのに、不躾すぎる視線だ。……嘘泣きはやめてください。いつかも聞いたような台詞が聞こえて舌打ちをこらえる。

「……足もとがおぼつかないようですね。会社のエントランスまで付き添いましょうか?」
「絶対にこないで」

最初から私が完全に拒絶することを見越して車から降りもしない男は、笑顔を作りもせずじいっとこちらを見つめている。

「帰り、向かいのカフェの駐車場で待ってます」
「私はひとりで帰れますから。安室さんも苺タルトの開発が忙しいでしょうし」

スーツ姿なのにそう言ったのはわざとだ。何の効力もないと思うけど。
迎えの場所がここではないのは、会社の人に見られたくないと以前駄々を捏ねたためである。

「ちゃんと迎えにきますから安心してください。試作品の感想を聞きたいので作ってきますね」
「…………ポアロに出すメニューの、試作」
「早退したり、残業して僕をやり過ごそうとは考えないでください。今日はたくさん話し合うことがありそうですので」
「…………はい」

たとえ安室さんから逃げようと目論んでも体力と精神力の無駄遣いに終わるだろう。それどころか恐怖の駐車場リターンズになる可能性がある。敗北した私はエレベーターを待たずに階段へふらふらと歩き出した。エレベーターだと到着して乗り込むまで見られるから、一刻でも早く去ろうとしたわけだ。背後でキュルルとタイヤの擦れる音がして、方向転換のために彼がハンドルを切ったのがわかる。そこでなぜ、振り向いてしまったのか。
安室さんがフッと笑って、その薄い唇が動いた。

……時間の問題だな。

「!!」

唇を読めることなんて彼は知らないと思うけど、だからこそ呟いたんだと信じたいけれど……。今日の私が仕事で使えない奴になることが確定してしまった。
逃げるように階段へ続く通路に駆け込んだ私に、安室さんがひらひらと手を振る。彼に見えないようにその場で姿を隠すと、ようやく車が外へ向かって走り出した。
エンジンの加速音とタイヤがコンクリートを擦る音が壁にぶつかって、溢れた残響が遅れて耳に届く。テールランプの赤い光が薄暗い空間に線を描いた。目に焼きついた鮮烈な色が余韻を残して溶けるように消えていく。

「…………潜入捜査してる人の車じゃないでしょ、普通に」

どうしてあんな目立つ車に乗っているのか、今日聞いてみようかなぁ。
そう思うのは私の心境の変化というか、引き返せないところへ踏み出す一歩というか。

「はぁ……」

長い溜息は諦めだったかもしれない。





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