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24-12



「それにしても、赤井さんがあんなに自然に嘘の誘いができるなんて……すっかり騙されました」

ディナーの誘いを見抜けていたらレストランには行かずに直接刑事さんに会いに行っていた。降谷さんの名を目の前の人に告げることもなかった。ある意味あれが運命を分けたと言ってもいい。赤井さんだってFBIなのだから何ら不思議ではないけれど、言葉足らずなイメージがあったので印象が操作されていたみたいだ。

「…………」
「安室さん?」

言外に、安室さんは普通に嘘をつくけど赤井さんは不慣れそうという軽い嫌味のつもりだったのだが、やっぱり私はここぞというところで緩んでしまうらしい。
ねえ、ナナシさん。と、明らかに低くなった声で名前を呼ばれた。

「!?」
「レストランの回想の中に、なぜあの男が出てくるんでしょうね?」
「……え……」

あ、あれ?
赤井さんに呼び出されて行ったホテルのレストランのディナー。けど、あの日待っていたのは予想外にも安室さんで……。そうだった。これは言ってはいけないやつだった。やってしまった。サーッと血の気が引くこの感覚は久しぶりだ。
私は半端に開いていた口を閉じて運転席の男を見た。もう目をそらせなくて逆にガン見するしかなかった。こちらに目を合わせ、無表情がひたすら怖い。ゆっくり息を吸い込んでから、薄い唇が動く。

「確かあなたはこう言いました。私もコナン君に誘われた……と」
「わ……わあ、よく覚えてますね!記憶力いい!さすが探偵してるだけのことはありますね!」

思わず手を叩かんばかりの勢いで、私は安室さんの記憶力の良さを褒めた。いや、手は片方捕まってるんですけど。笑顔がぎこちないのが自分でわかる。キャラに合わないとか言うな。生死がかかってるんだ。私の目論見に気付いているであろう安室さんは鼻で笑うでもなく、淡々と続けた。

「僕がコナン君に誘われたと言ったから、あなたはそれに合わせたんですね。僕の前であの男の名前を出さないように」
「…………」
「しかし不思議です。そういう頭は回るのに、誘いには乗るんですね」
「え……っと」
「僕を怒らせたくないという意識があるならそもそも断るはず……つまり、僕が気付かなければあなたは奴に会いたいと思っている、と」
「ち、違います。あの時はいろいろ……情報交換をしようと思っ、いたたた!」

手首を掴む指にぎりぎりと力を込められて悲鳴をあげる。ほー……と、地を這うような声が安室さんの口から出た。

「それは食事中にですか?それともあのホテルの部屋で?」
「!?な、なに言ってるんですか」

頭、大丈夫?と口走ってしまいそうになったけれど、この男はいつだって本気で言っている。私が赤井さんとどうこうなんていう話は突拍子がなさすぎると思うのだが、ずっと何かを疑っているのだ。さっきまでのどこか穏やかなやりとりから打って変わって、1ミリの隙も見当たらない男がじーっとこちらを見ている。なぜ、ここにきてこんなことに?私の中での怖い駐車場ベスト3が更新されてしまった。

「ちょっと、こんなところで揉めていいの?」
「聞いているのはこっちですよ。それにここは防犯カメラの死角です」

もともと火がついたら手がつけられないというか、激しい口調にこそならないもののこんこんと責めるところのある安室さんだ。こちらが怯えたり、泣いたりしても追及をやめる性格ではないということは明らかなので、そういう手は使えない……と、頭の中で冷静に考えながら口元が引き攣る。何故って、目の奥に激しく怒りの炎を燃やす凄みのあるイケメンの顔が近付いてきたからだ。それは一瞬だった。

「!」

見開いた視界があっという間に浅黒い肌の色に埋め尽くされた。閉じた瞼の端から端まで鮮明に見えて、あっという間にぼやけていく。ふわっと香るのはお風呂上がりっぽい石鹸の匂い。ぶつかる吐息は既に荒っぽくて、ギクリと硬直した私に大きな体が覆いかぶさってくる。唇どうしが勢い良く触れ合い、助手席のシートにすっぽりと収まってしまった私は焦った。唇を離した安室さんが「大人しくして、狭いんだから」と言ってきて大いに文句を口にしたくなったけど、それどころじゃない。何度も言うがここは新しい職場の駐車場である。

「……あの!」
「はい?」
「私が迂闊だったとは思いますけど、」
「反省してください」
「……最後まで聞いて。どうして赤井さんのことになるとそんなに怒るんですか?」

すごく顔の良い男が至近距離でぱちりと瞬きをした。直球できたな、とでも思っただろうか。安室さんがキレるとやばい男であることは間違いないが、普段はその片鱗すらない。基本的に潜入中は自身を偽っているし、それがなくとも荒っぽい人ではない。トリガーはいつもひとりの男だ。殺したいほど、と言うからにはよほどの理由がある。FBIと日本の警察というだけの間柄でそこまで険悪になることは考えられないし、たとえ仕事で失敗があったとしても存外自信家な安室さんの性格ならば他人のせいには決してしないだろう。そこにはごくプライベートな部分の「誰か」の存在がある気がして。





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