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24-11




「それで?」

そして決まって「気が変わったか」どうか聞いてくるのだ。おそらく律儀に毎日続けるつもりなんだろう。私は大きく溜息を吐いて、彼の横顔を見つめる。

「結婚って……安室さんは普通の人じゃないんだから、もっとこう、葛藤とかないんですか?危険なことに巻き込んじゃうとか、そういう」
「そうですねぇ……僕なりに考えてみたんですが、僕が側にいようがいまいが巻き込まれるような女性がちょうどいいのかもしれません」
「……」

そう言われては言葉に詰まる以外ない。
私が悶々と、ぐだぐだと色々悩んでいる間、もちろん彼も同じだったのだろう。そんなことは容易に想像がつく。きっと正しい答えなんてないのだ。

「そんなこと言って、ある日急に消えて脅かすつもりなんでしょ。分かってるんだから……あなたの手口なんて」
「結婚詐欺みたいだな」
「何日も連絡取れなくなったり、危ない人と付き合ったり……そういうこと平気でするつもりでしょう」
「ナナシさんもそういう感じですよね、わりと」
「でも残念。私はそんなことで傷ついたりしないんだから」
「…………」
「浮気したら即離婚してやる!」
「…………え?今のどういう」
「結婚なんてしません」
「…………」
「今まで散々女の子を弄んできたんだから、たまには弄ばれればいいんです」
「……僕のその設定、いい加減どうにかなりませんか?それに弄ばれていたのは僕ですよね」
「そんなわけないでしょ?自分の胸に手をあてて聞いてみて!」

安室さんはぱちりと瞬きをすると、「見解の相違だ」とかなんとか言って溜息を吐いた。男のくせに潔さのかけらもない。
そして、何故かぬっと伸びてくる手。身構えている私の手を難なく掴んで、あろうことか自分の胸に押し当てる。ご丁寧に突き指しないように指を開いてくれたので、鷲掴むように安室さんの胸に触ってしまった。触るとすごいある、ボリュームが。ついでにじんわり温かくて動揺する。

「っ……セクハラです!」

手を引っ込めようとしたけど、そんなものじゃ1ミリたりとも動かせない。こんなことで何を今更恥じらってと思われるかもしれないが思い出してほしい。ここは早朝の職場の駐車場である。

「ちょ、離して!自分の手を使ってください!ていうかなんでそんなに興奮して……!?」

ちょうど心臓あたりに導かれた手のひらに伝わる鼓動が速い。こんなにドキドキしているのに安室さんはちっとも表情を変えず「さっき気分を上げて落とされたので動悸が……」とか言っている。口先の応酬ならともかくこれはずるい。

「調子に、乗ら、ないで」

一生懸命自分の腕を引くも、ここで離されたら反動で助手席に頭を打ち付けるだろう。

「送っていただいて、ありがとうございました!もう、行くので!」
「まだ早すぎますよ。入口、自動開錠で9時にならないと開かないでしょう」
「システムを把握するのやめてください……」

ほら、と指し示された先の時計はなんと、始業開始40分前だった。それはそうだ。私は普通に電車通勤のつもりで毎朝家を出ているのだから。で、毎度こうして駐車場で引き留められ、同じようなやりとりを繰り返している。……さすがにこのじゃれ合いをするのは初めてなので誤解のないようにお願いしたい。

「はぁ……駐車場がトラウマになりそうです」
「トラウマ?どうしてです?」

いい加減に腕が痛くなって投げやりになってくると、安室さんが覗き込んでくる。
無機質なコンクリートの壁はいつだって私のピンチと共にあった。や、不思議なことに人生のここ数ヶ月だけに濃縮されてるんだけど。

「駐車場に来ると色々なことを思い出して……あんまりいい思い出がないっていうか……誰かのせいで」

最後の部分を強調した私に、安室さんはふーんという態度である。本当にわかってなかったらどうしよう。
FBIに軟禁された翌日、逃げ込んだデパートの駐車場。あれは絶対にヤバい男だと確信させるに足る事件だった。
そして刑事さんから公園に呼び出された日、ディナーの時の地下駐車場。ポアロのお客さんにはとてもじゃないけど見せられない姿だったことは記憶にまざまざと焼き付いている。
思い出してビビる私の目の前で、安室さんは「そんなこともありましたね」と頷いた。

「なんなんですか、その余裕の態度」
「え?」
「あの時はあんなに切羽詰まってたくせに」
「…………」

こう言っては何だがあの時の安室さんに余裕なんてなかった。なのに回想してみるといつも私ばかりが慌てていたかのような空気になるのだ。爽やかなイケメンの効果というやつなのだろうか。なんだか腹が立つ。

「あそこで僕の名前を出されるとは思わなかったので、驚きましたよ」
「驚くよりキレてましたよね?本当に怖かったです」
「……怖がらせるつもりはなかったんですが」

いやぁ、すみません。どの口がと言いたくなるような薄っぺらな謝罪を述べて、男は笑った。まあこれまでの安室さんだったら、そんなことないですよと笑顔で誤魔化しただろうから少しは本音が見られたと思えば良いのかもしれない。
降谷さんが誰なのかも分からず本当に私終了のお知らせだと思ったので、情報というものは大切だ。下手をすれば前世よりも強くそう感じてしまったため、今後も私は知ることに余念がないだろう。




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