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24-10



自宅から出たところで、道路に横付けしているスポーツカーを目に留めた。ドアを開けて乗り込んで、じとりと男を見つめる。

「何で毎日迎えに来るんですか」
「僕としてはもうあなたと一緒にいるつもりだったので、朝起きていないことが信じられなくて……」

安室さんは真面目な顔をしてそう言った。いや、どんだけ自信あったんだよ。メンタル強いのか弱いのかどっちなんだ。
とはいえ、「解決できる方法」を見送った私に対して、彼は相応の対応をしなければならない。文句を言いこそすれ理解はしているので、大人しく白のスポーツカーの助手席に乗り込む。毎朝どこかのお嬢様にするようにドアを開けるのだけは何とかやめてもらえた。
シートベルトをカチリとはめると、車は動き出す。

「聞きそびれてたんですけど……」
「はい?」
「……なんでスマホ買ってくれたんですか?」

私の声が明らかに不審がっているからなのか、安室さんは「いくら僕でも、店に置いてある端末すべてに仕掛けはできませんよ」と苦笑した。
あれから無事に退院して自宅に戻ることができたのだが、そんなわけでスマホは使えなくなっていた。家に電話はひいていないし、真っ先に新しいものを買わなくてはならない。退院後、まだ体力が戻らなくて不便だろうからと、買い物の荷物持ちをしてくれることになっていた安室さんにそれを告げたところ、一緒にショップに行き、なぜかスマホのお金を払われてしまった。私が選んだのは比較的新しい機種だったので、安い買い物ではない。勿論そんなことをしてもらう必要はないとお断り申し上げたのだが、なんやかんやと買ってもらうことになってしまった。あとからお金を返そうとすれば、「これはナナシさんのお金なので、食材を買って夕食を作りに行く」と言うし……今思い返してみても強引かつスマートなやり口だ。

「もしかして……私のスマホを壊したのって」
「今日は定時ですよね?」
「……はい」

コナン君は言っていた。私が握り締めていたスマホが割れていたと。倒れた拍子に割れた可能性もあると思っていたけど、倒れてから安室さんと通話していたならそれはない。寝ている状態で私が無意識にスマホを壊すだろうか。考えられるのは、コナン君の案内で駆け付けた安室さんが、コナン君より先に部屋に入って私のスマホを壊したのでは……ということだ。
私にかけたはずが、変な男に繋がってしまった電話。きっと履歴を確認したのだろう。自分からの着信を確認して、それから……発信履歴も見たかもしれない。意識を失う直前まで通話していたのは、私が前世で属していた組織に今もいる現役の男だ。もっとも関係者以外がかけたところで、ただの耄碌したじいさんが電話口に出るだけではあるが……。
緊急時にそんなことにまで頭が回ったのだとしたら脱帽するしかない。

横からスーツを着た腕が伸びてくる。誤魔化すつもりなのか、安室さんはニコッと笑って信号待ちで紙袋を差し出してきた。

「どうぞ」

もはや習慣になりつつある、袋の中身は安室さんお手製のハムサンド……私の今日のランチである。この男、毎朝迎えにくるだけでは飽き足らず、ポアロと同じ味のサンドイッチを持たせてくるのだ。このサンドイッチがまた、わざわざこれを目当てに来るお客さんがいるというのも納得の美味しさ。食パンはふわふわだし、たっぷりとオリーブオイルの塗られたハムと、時間が経ってもシャキッと歯応えのあるレタス。隠し味に少量の味噌を加えているということは教えてもらえたけど、それ以上は秘密と言われてしまった。
ポアロで仕込みのついでに作ってきた……とかならまだそっと受け取れる。だがこの場合、わざわざ家で作って来ているわけで……。仕事柄、安室さんが毎日お弁当を作るとは思えないから、完全に私のためにあのキッチンに立っているのだろう。考えたら動悸がしてきた。朝からこんなところでハマったらダメだ。
車内が狭いので割と簡単に視界に入る男の左腕を必死に追い出して、サンドイッチを潰さないように鞄にしまう。ふ、と小さく漏れ出るように聞こえた声は無視だ。私がいつも大切そうに鞄にしまうのがすごく面白いらしい。安室さんのツボはいつまで経ってもわからない。ちなみにここで「悪い?」と聞くと爆笑される。

「ありがとうございます……」
「仕事はどうですか?」

まだ少し笑いながら安室さんが尋ねてくる。ちょっとだけムッとして順調ですと唇を尖らせると「それは良かった」と彼は瞼を伏せた。

事件後、安室さんが私に用意していたもののひとつが新しい職場だった。というか、そんな親切なものでもない。つまり転職を余儀なくされた。
今まで勤めていた会社には「降谷さん」の命令で勤務していた……ということになっているようだ。ようだ、というのは、この男、やっぱり何も教えてくれないのである。入社してそんなに年数も経っていなかったし、私としてはもう少し働きたかったのだが、決定事項として話を進められてしまった。
今の会社は普通の一般企業だ。警察庁からの仕事をいくつか請け負っているので、一応は関連企業といえる。とはいえ降谷さんの痕跡を感じるようなことは一切ない。
安室さんはちょくちょく冗談のように「この辺は独身寮もあるし心配」などと言っている。いや、毎朝のように白のスポーツカーで出勤して、運転席にこの男だぞ。誰が手を出す?私の物言いたげな視線をどう思ったのか、にこりと笑うイケメン。なぜこんなに朝から爽やかなんだろう。この人の業務量から考えれば、死んだ魚の目をしてる日も絶対にあるはずなのに……。
会社の地下駐車場に着くと、私達の他に車は皆無だった。




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