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24-8



「どうしました?」
「圧を掛けるのはやめてください……」
「僕は何もしてませんが」

ぱちくりと瞬きをした安室さんの手が伸びてきた。あ、と思う間にベッドまで連れて行かれる。座り心地が良いとはいえない布団の上に腰をおろして、安室さんは向かいの椅子を引き寄せた。そして、ついでかのような自然な動作で手をぎゅっと握られる。さっきより熱くなっている気がするのは何故だろう。

「あの、余計に圧を感じます」

この人と至近距離で対面するような状況にいつまで経っても慣れない。過去にも散々な目に遭って……いや、今は思い出さなくて大丈夫だ。病人を励ますみたいな姿勢なのに明らかにそういう表情じゃないのと、純粋に顔が良すぎるので目を合わせられなくなって彼のネクタイを凝視する。もういいからさっさと電話に出た男の話でもしてくれ、と、言葉とは真逆の願いが頭をよぎった。

「あ、大切なことを伝え忘れていました」
「な、なな何ですか!?」

粗末な椅子が耳障りに軋んで、視界のネクタイが急速にこちらに迫ってくる。気付けば私は安室さんの腕の中にいて、ひっと喉の奥で悲鳴をあげるのと同時に抱き締められていた。あ、じゃない!と混乱した頭で突っ込みを入れるが、何に対してなのか自分でも分かっていない。男の人の大きくて硬い体とちょっとくたびれた感のあるスーツに包み込まれて、ひとりで慌てふためく。

「うわぁ、ちょっと待って!」

ぎゅうっと力を込められて、ぴたりと密着した体温が少しだけ冷えていた体に心地良かった。それ以上に恥ずかしさや、人が来たらどうしてくれるんだという焦り、そして何よりもこれ以上聞いてはいけないという思いでじたばたと暴れる。そんな私の抵抗なんてまるでないもののように、安室さんはびくともしない。耳元で低い声がぼそぼそと囁く。

「生きていてくれて良かった……」
「!?安室さん……いたい」

もっと優しく、と苦しがりながら懇願すると、ああ、と短い返事が聞こえたが、その腕が弱まることはなかった。

「痛い痛い!さては怒ってますね!?」
「…………」

諦めてクタッと力を抜いてから数十秒はそのままだったと思う。
ようやく気が済んだのか、彼は腕を解いて体を離すと、「これでよし」と言わんばかりに私を見た。いや、今のは私の勝手な想像だが。そして焦燥はつのっていく。このままじゃダメだ。このままじゃ……思い通りになってたまるか。ここにきて謎の対抗心と女を思い通りにする男への無駄な反骨精神が顔を覗かせる。

「何でも思い通りになると思ってたら大間違いなんだから」
「そんなこと思ってませんよ……」
「うそ!」

安室さんの困ったとも呆れともつかない顔。はたから見ればご機嫌斜めの彼女を宥める恋人のようである。当の自分でもそういう風にしか見えないだろうなぁという自覚があって、それがますます恥ずかしい。安室さんが理不尽に迫ってくるなんていつものことなのに、何を今更と思われるかもしれないけど。だって、普通はこうなるだろう。あんなものを見せられたら……待って、まだ、からかっただけという可能性がワンチャンある。私は安室さんを睨んだ。

「じゃあ、どういうつもりなんですか?」
「どういうつもりとは?」
「っ……!」

だから、と口を開いたものの言い淀む。この男に上手く乗せられるようなことがあってはならない。すると安室さんは少しだけ眉を下げて笑った。

「あなたは何だかんだで僕を信用しませんからね。僕が本気だということを分かってもらいたくて……それに、こうすれば他の男に目も行かないでしょう」
「それ、私が他の男ばかり見てるみたいじゃないですか……」
「違うんですか?」
「ち、違いますよね!どこをどう見たらそう思うんですか?」

安室さんのあれやこれやと私を同列で言わないでほしい。なんて、はたから見れば一緒かもしれないなんて今の私に言っても無駄である。
私は決して意図して妙な人に近付いているわけではないので濡れ衣もいいところだ。電話に出た謎の男の件もあってわざわざ男を強調しているのかもしれない。正体を突き止める云々も、本当は分かって言っている可能性があるので下手なことは言えないのだが。

「おまわりさんのくせに……」
「今更あなたの前で自分を偽っても仕方がありません。ご存知の通り、僕は目的のためならどんなことでもできます」

恨めしさ満点の声で責めても、涼しい顔でそんなことを言う。さらに首を傾げてわりと上から「僕がこれまで何をしてきたか、あなたならご存知ですよね」とかなんとか付け加えてきた。

「やっぱり、脅しじゃないですか……!」
「脅しにならないという自惚れがありますが……あなたはどう思うんですか?」
「…………」

言葉に詰まってうっかり安室さんの顔を見つめる。グレーのスーツを着て悪役っぽい台詞を口にする男が目を細めた。何なんだろう、この一触即発っぽい空気は。関係的には甘い雰囲気になってもおかしくないというか、それが自然の流れだと思うのだが……何故かいつもこうなってしまう。

「……ま、まわりくどいと思います」
「はっきり告げたら逃げるでしょう?ナナシさん」
「っ……だからって……」
「真っ直ぐにぶつかって仕損じるなんて馬鹿だ」
「……!」

妙な声を出さなかった自分を褒めてやりたい。
笑みすら浮かべた男の顔が誰のものであるのか、前の私ならば気になっただろう。降谷という男のことを私はよく知らない、と言ってもいい。安室透や組織の男は作り出された存在だ。けど、仮面を脱ぎ捨ててまったく別の人間が出てくるのかといえばそんなことはない。この男が「警察組織に身を置き、悪を許さない正義感溢れるお巡りさん」という「だけ」の、分かりやすい人間であるはずがないのだ。最初から。





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