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24-7



段差なく整備された駐車場のアスファルトを大きな皮の靴が踏み締める。地区で統一されている歩道なのか、さっきコナン君と歩いた道と同じ舗装だ。歩いていると遠慮なくじろじろとこちらへ向けられる周りからの視線に、今更に小さくなる。安室さんと一緒にいれば割といつものことなのに。対する安室さんはいつもどおり堂々としたもので、私の一歩先を歩幅を緩めて歩いている。
今の自分達は誰かの見舞いに訪れたようには見えないなと思いながら、別の家族連れを横目に見た。ついでに繋がれた手を外そうとして失敗に終わる。振り返った青い瞳から、あまり駄々をこねると担いで連れて行くぞという強めの圧を感じたためだ。病室に帰還しなければいけないことは理解しているので、いい大人がしょんぼりと肩を落としてついていくしかない。

1階の受付を通り過ぎて通路を奥に進み、入院病棟へやってくる。どうやら見舞いの手続きは踏まなくて良いらしい。いや、こうして本人を連れていたらやりたくてもできないだろうけど。ちょうど止まっていた大型のエレベーターに乗り込み、長い指が躊躇なく4階のボタンを押すのを見る。当然、病室の場所は把握しているようだった。
スーツ姿の安室さん。見る場所によってこうも雰囲気が変わるのは私自身の気持ちのせいもあるだろうけど、それだけじゃない、そんな気がする。絶対にスーツで人を威圧できるでしょこの人……と思っていると、扉の閉まったエレベーター内で彼が振り向いた。

「言いたいことがあるような顔ですね」
「……残りの人生、公安のおまわりさんと情報本部に追い回されるとか信じられない」
「けど、ある程度覚悟して有川に協力したんですよね?あなたがそのことに思い当たらないとは思えません」

淡々とした口調が逆に怖い。逃げられやしないというのに手は繋がれたままだ。

「どうせ、どうにかなるとたかを括っていたんでしょう」
「そんなことは……」

はっきりした答えは返せなかった。前にも似たようなことを言われたが、確かに私にはそういうところがある。他に人のいないエレベーターは静かに上昇を始めた。何でもないことのように、彼は口を開く。

「全部一気に解決できる方法があります」
「…………」
「ナナシさん?」
「あ、あなたの協力者だった、ということにすればいいんですよね!」

先回りしてそう言った私の顔を見て安室さんが瞬きをする。
実は警察庁に協力している人間だった……ということなら、無理矢理感はあるが誤魔化すことはできるかもしれない。が、彼はすぐさま首を横に振った。

「残念ながら、僕があなたに熱をあげていることは方々に知れ渡ってしまいました」
「…………はい?」
「研究所であなたを助ける現場をたくさんの人間が見ていましたので」
「…………私を研究所から助けてくれた警察の方って?」
「僕ですね」

突然の告白である。誰が助けてくれたか気になりはしたが、安室さんだったとは思わなかった。大人を眠らせる量の薬を投与され効力を発揮した直後だ。電話はどうにかしてできたにしても、歩くのもままならなかったのでは……。
ベルモットに眠らされたあと、安室さんはどうにか目覚めて私に電話を掛けた。しかし、出たのは知らない男。さらには意味不明なことを言われ、私の安否は知れない。そこで気力を振り絞って研究所に駆け付け、発信器をたどってやってきていたコナン君の案内で建物内に突入し、炎の中から私を助け出した……ということらしい。無茶をしすぎだろう。ぽかんと安室さんを見ると、彼はわざとらしく首を傾げた。

「協力者ということにするとまずいです。本来なら協力者を管理する側の僕がそんな関係になっているなんて、倫理上許されませんから」

言い方からして、研究所の周囲にいたのは降谷さんの正体を知る公安の刑事……例えば風見さんとかだったのだろう。その静止を振り切り、わき目も振らずに炎の中へ飛び込んだ。だから無理なのだと、屁理屈のような理由で却下されて言葉に詰まる。お前が倫理を語るな……という目で見つめたが、安室さんには伝わっているのか、いないのか、口の端を上げてこちらを見ている。その視線をかわそうとしても、もう私はいっぱいいっぱいだ。

「べ、別に協力者のために炎に飛び込む公安警察はおかしくないでしょ?」
「あなたが今までに関わってきた事件の事後処理、僕や風見刑事だけでやったと思いますか?」
「……え?」
「彼らは僕の行動をある意味全部見ていますから……今回の騒動で確証を得たでしょうね」

例えば、東都水族館が破壊の憂き目にあった例の事件。安室さんは翌日に私を回収するため工藤邸に訪れているが、当然、そうして現場を離れたことは部署内で共有されているわけだ。もちろん、降谷さんは誰に会うとまでは言い残していかないだろうが、そこに至るまでには数々の事件を経ており、推測できないような人間はいない。
……だから何?と言おうとして、病室にたどり着いてしまった。

「ほら、もう時間がありませんよ」
「な、何の時間ですか。もしかして、ここで取り調べ?言っておきますけど、電話に出た男なんて知りませんから」

安室透によって何度も予期せぬピンチに立たされてきた私は焦りで苛立った。取り調べが始まるなんて実は全然思ってない。部屋に押し込まれ、キッと彼を睨む。だが3秒くらい見つめ合うとあっさり負けてしまった。今の私はとても平常心ではない。仕方がないだろう、まさかこのタイミングで仕掛けてくるなんて思わなかったのだ。何のことを言っているか分からないかもしれないが、私ももうこの男が分からない。




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