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24-6



もしかして……と、ぼんやり記憶が蘇る。コナン君に借りた変声機で目的の人物に電話をした私は、気を失う直前にどうにかして通話を終えた。そして変声機を顔に寄せた状態のまま意識が朦朧として……床に倒れ込んで、その直後にかかってきたスマホに応答したかもしれない。その時の私は昔の馴染みと会話をしたばかりで切替ができておらず、すっかり過去の男モードだ。しかも意識がほとんどない。そこで安室さんの声が聞こえたから、うっかり喋ってしまったのだ。あの時の自分は現在の「私」の存在を意識していなかった。だから自分が何故、こんなことを言うのだろうと思いながらも口に出していた。

『俺の行き先ははじめから決まってたんだ』

変な男が電話に出て、さらには奇妙なことを言ってくるから安室さんは心底びっくりしただろう。事件の真相よりもこっちの方が気になったかもしれない。
はぁ、と運転席から溜息が聞こえてビクッとする。

「あの男が誰なのか突き止めるまで、あなたをよそに渡すわけにはいかなくなりました」
「だ、誰って……そんなの突き止められるわけないでしょ」
「おや、心当たりがあるんですか?さっきはきょとんとしていたのに……てっきりあなたが気を失っている間に誰かが勝手に電話に出たのかと思ったんですが」
「し、知りません!私は何も知りませんから」

安室さんには私のこともほとんど知られてしまっているけれど、さすがにあれが昔の自分だったとは気付かれたくない。ふーん、という彼の表情は私の態度に呆れているようでもあるが、実は全部分かっているように見えなくもない……どっちなんだ。ビクビクしてひたすら凝視するしかなくなっている私に、安室さんはまた溜息を吐いた。

「まあ、言わなくても僕は構いませんよ。男の件も含めてですが……今回の事件は分からないことが多すぎる。あなたはこの先ずっと色々な機関に目をつけられて生きていくことになります」
「お、脅し?」
「とんでもない。事実をありのままに述べているだけです」

私が喋らないことに腹を立てるでもなく、淡々とそう述べる。電話の男のことは当然言うことができない。安室さんがコナン君の道具のことを知っているか分からないけれど、詳しく言えばコナン君にまで迷惑がかかる。それにやはり、前世の自分などというものは常識から逸脱しているため、自ら喋ることは憚られる。
安室さんは私が口を引き結んだのを見ると、これから私の身に降りかかる膨大な量の取り調べについて一方的に話し始めた。……え、何これ、精神攻撃?ただ聞き流すことしかできず、現実逃避する前に辟易として半眼になる。イケメンすぎる横顔を睨んでもどうにもならないので、私は前を向いて肩を落とした。

「……ん?」

気落ちした拍子に目線が下がって、自分の座席の下にクリアファイルのようなものがあるのを見つけた。ちょうど運転席と助手席を仕切るセンターコンソールに張り付くように落ちている。何か重要なものだったら触れたくなかったが、でかでかと表面にマジックで「ポアロ」の文字が書かれていたので拾い上げてみる。

「ああ、新作メニューを考えていたんですよ」

安室さんが自分の話を中断してファイルに反応を示した。こんなものが落ちているということは、ポアロに行く途中だったんだろうか。私が病室を抜け出したことに気付いて慌ててやってきたとか?そういえば、後部座席にも乱雑にジャケットが放ってある。てっきりずっと近くで監視しているんだと思ったんだけど。

「安室さんはこれからもポアロで働き続けるんですよね」
「まあそうですね。まだ何も解決していませんから……あれ、言いましたっけ?僕がポアロで働いている理由」
「……有名な毛利探偵の側にいて、情報を手に入れるため?」
「うん……間違ってはいないですね」

そういえば、なぜ安室さんがポアロで働いているのかはっきりと知らない。けど、今さらこんなことを話すなんて変なの。安室さんが自分から仕事の内容を切り出してくるなんて珍しいことだが、結局濁されて全然答えになってないのが本当にそういうところだぞと言いたい。
可愛らしい絵が乳白色から透けて見えて、ファイルに挟まっていた紙を取り出して眺める。いちごのタルトレット……これ、ケーキの新作が登場してメニューからなくなっていたやつだ。季節も関係するんだと思う。(改)という文字の下に材料などがメモされており、ところどころ二重線で消されていたりする。まだ誰かに見せる段階の物ではないみたいだ。見てはいけなかったかと彼の様子を窺うも、正面を向いてなぜかニコニコとしている。再び紙に視線を戻し、丁寧に塗られた苺と定規で引いたみたいな綺麗な線を眺めて、どんな顔でこれを描いたんだろうと思った。2枚目があったので何の気なしにめくって……ぎくりと硬直する。

「!?」
「前にあったタルトレット、覚えてますか?元々はマスターが女性のお客さんを増やしたくて始めたんですけど、単品ではなかなか売り上げが伸びなくて……食事の後にも気軽に注文していただけるように、今度は一口サイズにしてみようと思うんです」
「…………」

最近は女性客が増えたので、彼女達に食後におすすめできるようなものを作るのだという。安室さんに笑顔でいかがですかと言われたら頷いてしまうだろう。さっきの話から一転して、今度はポアロの話をし始める安室さん。……その表情に変化は見られない。私の心の中は一瞬でもの凄く乱れたというのに。

「っ……!」

手にしていた紙をバッと元に戻して、クリアファイルごと自分の鞄に押し込めた。新作メニューを泥棒したかったとかではないのだが、少し落ち着かせてほしい。心拍数が一気に上昇して、胸がギュッと苦しくなる。いやいや、ちょっと待って。今のは、なに?平静を装うのは得意な方だと思うけれど、今ここでそれをする意味は果たしてあるのだろうか。だって運転席の彼は私に見向きもしない。私がどんな反応をしようが気にならないという態度だ。秘密裏に今回の事件の重要人物である私の心臓を止めるために、こんなことを?と疑うような事案発生である。
病院に到着するまでの間、すごく良い声でされるタルトの説明が右から左にきれいに抜けていった。



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