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24-5



「……あ」

振り向いた視界に滑り込んできた白いスポーツカー。ハザードが点滅する。運転席の男が身じろいで、すぐにドアが開いた。グレーのスーツに身を包んだ男の……安室さんの長い脚が地面に降り立つ。唇を引き結んだ彼はこちらにやってきて、私をじっと見下ろした。無表情とは違うが、感情の読めない顔だ。スーツを着ていると別の人みたいだ、と、前にも思ったことがあったけれど。
霊園に入る路地を風が吹き抜けて木の葉を巻き上げる。

「困りましたね……勝手に病院を抜け出すなんて」
「……やっぱり見てたんですね。私がコナン君と出てくるところを」
「たまたま通りかかったんですよ。……自分の立場が分かっていないようですね」

安室さんは瞼を伏せてそう言った。
人に今生明かすことはないと思っていた私の秘密は知られてしまった。しかもその相手に特別な感情を抱いている。これが何かの物語だったのなら、揺れる乙女心の演出やモノローグが必要な場面なのだろう。けど、明らかにそういうドラマティックな雰囲気じゃない。結局私は手錠を外して研究所に行ってしまったし、安室さんが怒っているのは間違いないと思うが。

「病院に放置しておいてその言い草ですか?軽症って分かってるのに捜査員も寄越さないし……」

病院に見張りはいなかった。
黒の組織に属する彼なら、眠らされていたとはいえ何が起きたか組織内で共有して当然知っているだろう。組織は騙された側。「八坂という男の正体」を聞いて驚いたはずだ。本当は何があったのか、現場にいた人間から確証を得たいに違いない。研究所内に誰がいてどういう動きをしていたか大場さんから聞いているだろうが、彼だって最後まで見ていたわけではない。
それなのに捜査員のひとりも寄越さず、私が病院を抜け出すのも止めなかった。類さんにも事件後すぐにホテルから出る許可を与えてしまい、これまでの彼らとは思えない行動だ。そして、私が勝手な行動を取ればこうやってすんなりと姿を見せた。

「乗ってください」
「……私の取り調べは?火事の原因は煙草の火の不始末っていうことになってましたけど……」
「ほら」

短く促され、ついでに腕をとられて助手席に放り込まれる。立ち話はしたくないみたいだ。
カチカチとウインカーの音に安室さんの声が混じる。

「あなたの調書は僕が取ります」
「安室さんもそんなことするんだ……」

車はゆっくりと走り出した。
警察庁に所属する彼がそういった実務をやるイメージはない。よほどのレアケースではないだろうか。鈴木財閥主催のパーティーの一件でも調書は風見刑事がとっていた。どうせ改竄されるだろうと思って適当なことを喋ったが、あの時のことを根に持っていたり……それはあり得る。安室さんはしばらく無言で車を走らせてから口を開いた。

「他の人間には聞かせられないこともありますから。例えば……あなたの電話に出た男は誰なのか、とか」
「…………?」

電話。言われた意味がすぐ分からなくて、少し考えて……でもやっぱり分からずに安室さんを見た。彼はずっと前を見ている。私の電話に出た男。一体何のことだろう。

「電話って?」
「事件の日です。僕はあのあとどうにか目を覚まして、あなたに電話をかけたんですよ」
「……え?」

あの事件の日、私がスマホを手放した時間はなかった。安室さんが目を覚まして……ということは私が大学から研究所に戻ったあと。となるとますますスマホを手放す余裕はない。炎が迫ってきて、倒れる直前はさすがに意識がなかったので電話を使われても分からなかったと思うけど……ジンとベルモットが揃っている中、私がいた部屋に誰かが近付いたとは考えにくい。安室さんが声を知らないということで唯一の可能性は、名前も知らないあの組織の下っ端みたいな男だが……私を見つけて電話にだけ応答するのは不自然すぎる。
安室さんは表情を変えずに続けた。

「僕を置いて行くような緊急時にまで一緒にいるとは、よほどの信頼関係があるようですね。……傷つきました」
「あの、私にはまったく何のことか分からないんですけど」
「迷惑をかける前に消える、なんてことを言っていましたが……事件に関わっていたことは確かです。いなくなられるほうが迷惑ですよね、普通」
「…………?」

刺のある口調と言葉だった。
……迷惑をかける?私の電話に出た知らない男がそう言ったらしい。なぜ安室さんにそんなことを言う必要がある。それにしても研究所内に他の人間がいたなんて……残っていることによって安室さんに迷惑をかけるということは知り合いのはず……いや、誰だ?有川だったならまだ納得できた。
……待てよ、そういえばあの時……。私は時間差でぎくりとする。
自分がやってしまったことにゆっくりと気付いて胃の奥がキュッと引き締まった。確かあの時、橋の上で目覚めた男は……。

『こうなってはあなたに迷惑を掛けてしまうからな……俺は大人しく消えよう』

「誰か」にそう言った。橋の上から身を乗り出して、引き留められて、それで。
あれは、夢じゃなかった……!?いや、もちろん実際に私がいた場所は研究所内であって橋の上ではないのだから、見ていた映像は夢だったのだろう。




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