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24-4



ずっと横になっていたからだろうか。手足に力が入らない気がして、ゆっくり歩かないと息切れしてしまう。もう体調に問題はないので今日あたりからリハビリを始めた方がよさそうだ。
道路に沿って植えられた街路樹の葉がさわさわと音を立てている。この先はアパートばかりで他に何もないからか、車通りは少ない。それでも念のためと思って差し出した手は「い、いいよ……」というコナン君の返事で引っ込めたが、私の足元がおぼつかないのを見ると彼の方からそっと握ってくれた。

「静かなところだね」
「すぐそこに霊園があるんだ。前に小五郎のおじさんと一緒に来たことあるよ」

彼の言う通り、案内板があって霊園入口と書かれている。この近辺はあまり開発が進んでいない土地のようだ。類さんはどうしてこの場所で物件を探しているんだろう。人目につかないところを警察に指定されたのかなと考えながら、通りから霊園に伸びる小道をちらと覗く。
門の付近にひとりの女性が立っていた。

「類さん!」
「……ナナシさん?入院中なんじゃ……もう大丈夫なんですか?」
「抜け出してきちゃいました。類さんがいるって聞いて」

オレンジ色のスカーフが緑に囲まれたこの場所で花のように咲いている。いつだったか、初めて会った時のような行動的な服装だった。物件を見ているかと思えば寄り道をしていたらしい。霊園に佇んでいた類さんの姿を見て、私とコナン君が「もしかして……」という雰囲気になっていると、彼女は慌てて手をパタパタと振る。

「……あ、違いますよ?あの人のお墓がここにあるとかじゃないんです」
「……え?」
「前にこの辺に住めたらいいねって話してたんです。彼、ここの静かな雰囲気が好きだったみたいで……丘のうえに見えるアパートの感じとか、緑が」
「そうだったんですか……」

たとえお墓ができたとしても、しばらくは行くことを止められるだろう。彼女は八坂の一番近しい存在だったのだ。しんみりしている私とコナン君を交互に見て、気を遣われていると感じたのか、類さんは「駅から歩いてきたんですよ」と微笑む。そして鞄から何かを取り出した。

「あの人のものは何もないけど……私にはこれがあるから」
「それって?」

その手に乗る小さな青い箱。四角くて、手触りの良さそうなベルベットの。もしかして、と思うサイズのそれがパカリと開くと、収められたシルバーの指輪が日の光でキラリと輝く。

「あの人が残したメッセージに保管場所が書かれていたそうで……本当ならまだ捜査中で返してもらえないはずだったんですけど、手違いで証拠品として登録できなかったとか」
「…………」

証拠品どころか、本当なら一つ残らず消されてもおかしくない。ましてや婚約者という立場にしかない類さんの手に、ミスが起きたからなどと馬鹿正直に伝えて渡すこともあり得ない。すべてが葬り去られる前に、これだけはと「誰か」の手が掬いあげたのだろう。
この先、この指輪は彼女を縛るものになるかもしれない。それを知りながら渡さざるを得なかったのだ。類さんのことを一番に考えるならば、定められたルール通りに「なかった」ことにするだけで良かったのに。
起きたら指輪を渡したい。死の間際まで彼女を想っていたひとりの男の願いは半分だけ叶った。類さんの願いが何だったのか……それは知る機会がなくなってしまったけれど、彼女を見守る八坂には聞こえるのだろう。彼女の指が、指輪をそっと撫でるたびに。

「来週から職場にも復帰するんです。ナナシさんは?」
「私も戻りたいけど、いつ退院できることやら……」

事件の翌日、まずスマホの状況を確認して病院の公衆電話から会社に連絡を入れた。この時点でいつ退院とも知れず、ひとまず3日間の休暇を取ったのだが、おそらく私にはまだまだやらなければならないことがある。場合によっては休暇を延長しなければならない。事件に関わって取り調べを受けたなんてことが会社にバレたら自主退職まっしぐらだ。もちろん例外を除いて警察が職場にわざわざ連絡することはないのだが、どこでどう噂が広まるか分からない。
入院にあたって両親には病院か警察から連絡を試みたと思うが、娘の私ですら捕まえられないので伝わっていない可能性は大だ。心配で帰ってくる、ということはないと思うが、落ち着いたら捜索してみることにしよう。
大変なことになると予想はしていたものの、これから一体どうなるのかと考えると気分が滅入る。

「ナナシさん、退院したらどこかに遊びにいきましょう!」
「はい……」

霊園から通りに向かって歩きながら励まされ、しゅんとした心がほんの少し軽くなる。このところの人生が波乱の展開すぎて、友達ともろくに連絡を取れていない。私には遊ぶ時間が必要だ。それから美味しいものをたくさん食べる時間。心の中の誰かがそんなことを呟いて、軽く現実逃避に入る。
道路に目を向けた類さんが、あ、という顔をした。

「どうしたんですか?」
「私、急いで寄らないといけないところがあるんでした。ね?コナン君」
「へっ?……あ、うん!」

コナン君は目を丸くしてえっどういうこと?という顔をした後に、ハッと息を飲んだ。そこからの行動は早くて、大きく頷いて類さんの側に寄る。コナン君も関係ある用事とは何だろう。さっきは何も言ってなかったのに……不思議に思って見ていると、ふたりは並んでにこーっと笑う。

「また会いましょう、ナナシさん」
「またね!ナナシお姉さん」
「う、うん……またね」

ね!という感じで頷きあい歩き出したふたりの背を見送る。すっかり仲良しになっているみたいだ。といっても私は類さんに会いに来ただけだし、ひとり残されても困るので結局はすぐ帰ることになるんだけど……。
妙だなぁと眺めていると、後方から車の走行音が聞こえた。減速したタイヤがアスファルトを擦り、路肩に寄ったことで細かな砂利を巻き込み跳ね上げる音がする。




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