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23-12



悠長に会話していて追われている大場さんを放置していた……申し訳ない。廊下をもう一度見下ろし、銃を構える。体格故か走る速度が遅いので狙いはつけやすいが、動く相手に命中させるにはコツがいる。この場合銃の性能は二の次だ。ここは上の階なのでまともに狙えば相手を殺しかねない。足もとを狙って動きを止めるしかないだろう。
スライドを引き、対象を目視したらフロントサイトを視界に入れ、注視することなく素早く構えてトリガーを引く。パン、と乾いた音を立てて発射された弾は、男が踏み出した右足の靴をかすった。衝撃が伝わり、少しだけ両腕が痺れる。

「……!?」

急に足めがけて発砲され、大柄な男はよろめいた。体重のせいかその場で踏み止まることができず、驚いて足を止めた大場に突っ込んでいく。ちょうどここからは見えない方向だ。ふたりまとめて視界から消えてしまい、私は焦った。さっき自分が上がってきた階段が近くにあったため、そこから急いで下へ向かう。

「大場さん!」

銃を構え直し、廊下を進むと……ふたりが折り重なって床に倒れていた。うう、と呻き声が漏れるが、上に乗っている大男のもののようだ。そいつは瞼をあげて血走った形相でぎろりと大場を睨みつける。そして拳を振り上げて……

「!!」

ゴッ。岩と岩がぶつかったみたいな音を立てて、男が崩れた。私が投げた銃が額にクリーンヒットしたためだ。あ、つい手が勝手に。いや、ああいうモロに私は悪役です!っていうのを最近は見かけなかったので、殺らなきゃという本能でうっかり投げてしまった。などという冗談は置いておいて、大きな図体の下敷きになった彼を引っぱり出す。

「大丈夫ですか?」
「ああ……何を投げたんだ?」
「落ちてた……灰皿です」
「…………煙草吸う奴がいて助かったな」

拳銃をそっと回収した私から明らかに目を逸らし、大場はそう言った。
彼の話では、突如4階の窓ガラスが割られて発煙筒のようなものが投げ込まれたのだという。慌てて吹き抜けの広場に出るとどこかから銃撃され、階段から下りようとしたところでやってきたこの男に見つかって追いかけられたのだと。ということは確実にもうひとりいる。充満している煙の効力はだいぶ弱まったようだが、気をつけなければ突然撃ち抜かれてもおかしくはない。

「大場さん……その、情報本部の人は……」
「来ないんだろ、こいつに追いかけられた時点で何となく分かったよ……」

はぁ、と力が抜けたような息を吐いて、大場がやれやれと肩を鳴らした。いや来るには来たんですが大変な人が来ちゃいまして……とも言えずに眉を下げる。
ここを出るぞ、と言われて、私は首を横に振った。

「先に行っててください、すぐに行きますから。たぶん外に警察が来てるはずです」
「おい、奴を助けに行くつもりか?」
「一応……仲間なので」

安室さんが私達の動きを把握していたなら、もうこの建物は警察に囲まれていてもおかしくない。躊躇しつつも彼は私が有川の仲間だと信じているからなのか、仕方ないという風に頷いた。……それを見送りながら、ひょっとして外にいるの、彼を一時拘束していた公安の方々では?ということに思い至ったが、心の中で合掌するに留めた。

「こいつどうしよう……何か縛る、もの……?」

脳震盪で気絶している男が目を覚ましたら面倒だ。縛るものがあれば……と付近の部屋を見に行こうとして、もやの向こうに見知った顔を発見する。俯き加減のその人が纏う雰囲気に、思わず私は壁際に寄って見えない位置に身を隠した。こんなところにいたら危ないですよ。そう声を掛けようとしたのに体が先に動いてしまった。
どうして、いや、状況的にどういうことなのか分かりきっているけど……顔を少しだけ通路に出してその人物を観察する。こそこそとする私と正反対に、その人は廊下の真ん中に堂々と立ち、自身の顔を手で覆うようにして……引っ張った顔を思いきり引きちぎった。現れたのは一度見たら忘れない、プラチナブロンドの美貌。無造作に捨てられたマスクが床に落ちて、山中さんの目鼻立ちをした抜け殻が不気味にこちらの方を向いている。
……ベルモット。
最初はおかしいとは思わなかったが、大学構内が無人であると気付いた時に疑問を感じていた。私を罠にはめるため、何らかの手を使って安室さんが構内を無人にしたのだろうが、山中さんだけが擦り抜けていたのは妙だった。研究所の中で最初に会った時、私が巻き込まれていると考えたか、単に邪魔だったかで外に連れ出したのだろう。

「…………」

ベルモットが上着のジッパーを下ろすと、空気が抜けるような音とともに圧縮されていた胸が元に戻る。
そして、私が様子を窺っているとも知らず、彼女は手にした端末を操作して耳に押し当てた。相手はすぐに電話に応答したようだ。

「……ええ、確認が取れました。あなたからのリストにあった顔写真の男に間違いありません」

敬語を使っているとまた印象が変わる。……本当に本物?高圧的な雰囲気の彼女が丁寧に話す相手。組織の幹部は個々が好き勝手に動いているのかと思っていたが、命令を受けているような感じだ。だとするとベルモットよりも地位が上の人間、もしくは組織のボスということ。リストが何のことなのかは分からないが、この場にいる男といえば大場か有川しかいない。有川とベルモットは以前会っているはずだから除外。でも、大場さんが載るようなリストとは一体……。

「情報本部が動いているというあなたの予測は当たっていた……それで、命令はありますか?」
「…………」

ジンの周辺には情報本部のスパイが紛れ込んでいた。それは事実だ。けれどそれをジンが知ったのは、有川から「八坂はDIHの人間だった可能性がある」と嘘の情報を告げられてここに呼び出されたのが初めてだったはず。つまりごく最近だ。しかも可能性がある、とだけで、「確認するためにここに呼び出す」という形を取っているので断定はしていない。

あなたの予測、ということは、当事者のジンや彼を探っていたベルモットではない、他の人間がそれを前々から予測していたということになる。
間者を疑ったきっかけは分からない。常に組織内に目を配っていて気付いたのか……もしくは本部側に組織のスパイがいて、組織の中に誰かが潜り込んでいることを伝えてきたのか。ジンの前任の男が情報本部の人間だと疑いを持ち、更にはジンが男を殺したのも知っていて、本部の出方を淡々と観察していたのかもしれない。
ジンには知らせず、ベルモットを使っていたということは、ひょっとしたらジン自身にも何らかの疑いが掛けられていたのではないか。前任者を殺してしまうくらいだから、普段から組織の中で他のメンバーと軋轢を生んでいたとしてもおかしくはない。

ベルモットは最初は確かに、ジンに対する個人的な感情で周辺をかぎ回っていたはずだが……それに目をつけた電話の主が、疑惑の調査に彼女を使った……というのが今ここでの推察だ。

「我々だけでやれと?…………了解しました」

ベルモットが訝しむように細い眉を跳ね上げる。微かに頭を振って、すぐに電話を切った。あまりよろしくないことを言われたようだ。相手の声が聞こえないと何も分からない。
独り言でも喋ってくれないかな。と思っていると、発砲音のような音が空気を震わせる。

「!」

ベルモットと同時に息を飲んだ。サイレンサー付きであっても音は響くが、建物が防音だったら外には聞こえていないかもしれない。その一発を合図にしたかのように、激しい銃撃戦が始まる。撃ち合っている人数はふたりだ。
音の聞こえた方に鋭く目を向けたベルモットが走り出した。その後をつけ、私も5階へ移動する。

……大場さんにはああ言ったけど、あのふたりが戦っているところに出て行って、間に入るつもりはもちろんない。普通に死ぬからだ。
考えていたある作戦を実行すべきかどうか、それを確かめるためにここに残った。有川は八坂をDIHの人間にしてしまえば良いと言っていたが……同じ組織の出身なだけあって、確かにあの男と私の思考は似通っている。



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