Novel


≫新連載 ≫短編 ≫大人 ≫Top

23-10



「あなたを確保したあと、ラボに向かって大場を連れ戻す手筈でしたが……この分だと、無理そうですね」

かくり、首を垂れた安室さんの顔が私の肩に埋まる。もう限界が近そうだ。
これでようやくどういうことなのかうっすらと理解した。有川が呼び出したDIHの職員は安室さんに取って代わられたということだ。このタイミング、あまりにも出来すぎている……まさか全て見通して大場さんをわざと逃がした、とか、ないよね?と、背筋がぞわりとする。いやいや、それはあまりにも怖すぎるし超常現象の域だろう。えええ……それにしてもやばい人呼び出しちゃったな……すると、これからどうなってしまうのかということだ。

「ジ……組織の人間がここに来ることは?」
「ええ、ベルモットから聞きました。僕をこうしたのも彼女なんですが……」
「どうしてそんなことを……」

というか、私の肩でうだうだ言ってる組織のお兄さん、絵面的に大丈夫かな。や、何かもう誰なのか不明なんですけど。安室さんはどうにか顔を上げて再び溜息を吐く。

DIHが動いているかもしれない……ジンからもたらされたその情報を受けて、組織は真相を確かめるようにと命令を下した。ここは有川の狙い通りだ。ジンが動くという情報をベルモットから入手した安室さんは、動向を監視するという彼女に付いていくことになる。この変装もベルモットの手によるものだそうだ。もちろん、DIHの名は一切出していない。

「それが何で睡眠薬を打たれちゃってるんですか……」
「……まあ、このところの僕の動きはお世辞にも褒められたものではなかったので」
「?」
「女に入れ込みすぎた、組織の人間としてはあるまじき行動ですからねぇ……」
「…………えっ?最低。お、女なんて」
「あなたのことです」
「………………」

女ってあんた……最低。と思ったものの、お前のことだと言われては恐怖で何も言えなくなる。
行く先々で偶然会ってしまう私との仲を誤解されてしまったのだろうか……思えば驚異の遭遇率だし、見ようによっては常に迫られていた(物理)ので、入れ込む云々ではなく何かあると思われても仕方がない。申し訳ないとかは少しも思わないけど。

「まったく、探り屋の僕が女性との関係を疑われて詮索されるなんて……とんでもないことです」
「な、半分以上あなたが悪いんでしょ?」
「あなたに対して気がある素振りをするのは都合が良かったので、彼女の前で最初にそうしていたことが仇になりましたね……」
「マジで最低な男じゃないですか」

始めは嶋崎さんを探るため、私のことを気にしている風を装うのはとても都合が良かった。ベルモットは冷酷で他人に興味を示すことは滅多にないが、どこか享楽的で、自分に向かわない他者のいざこざは面白おかしく眺める一面がある。組織でも単独行動が多く秘密主義という共通点と、謎の多い男のそういった部分を見せることでうまく立ち回っていたのだ。
……しかし、正直に「気がある素振りをしていた」などと面と向かって言ってくるとは、なんていうか、そういうとこだぞ。何人泣かせてきたんだと疑っていると、お兄さんは次なる爆弾を投下してくる。

「まあ、本気になってしまったものは仕方がありません」
「!!?……それ以上喋らないで」

危険だ……この状況、早く何とかしないと。別の方向で焦り始めた私が身動ぎするのを、腹が立つことに何でもないように押さえつけて、安室さんは眠そうな目で瞬きをした。
困ってその体から視線を逸らした私の視界に、さっきまではなかった白いもやのようなものが見える。窓の外だ。

「あれは……?」

研究所の方角だった。安室さんがここにいて、ベルモットも向かったというならジンも既に到着している頃か。私の考えが分かったのか、押さえつけてくる手に力が込められる。今にも寝落ちそうだとは思えない力だ。

「今の僕でもあなたを行かせないことくらいはできますよ」
「そんなフラフラでどうするんですか?いくら私でも今のあなたになら勝てます」

体力を使って無理矢理振り切る必要はない。眠ったら抜け出せば良いのだ。自信満々に告げた私に、安室さんがフッと笑う。そして……カシャン。と、軽くて、何かが嵌め込まれるような音がした。

「……ん?」

手首に冷たくて硬いおかしな感覚があって目を見開く。もしかしなくても、これは。
おそるおそる視線を下げると、まずシャツの袖から覗く褐色の手首にシルバーの輪がはめられているのが見えた。そしてチェーンで繋がる反対側は……私の手首に掛けられている。手錠だ。

「な……何してるんですか!」
「あの男に……どう協力するのか知りませんが、意識のない大の大人を引きずって研究所に戻ることは不可能です。まあ、行くはずだったDIHの職員はここで寝ていて現れませんから、彼らが戦って終わりでしょう……放っておけばいい……」
「いやいやいやダメでしょう?お巡りさんとしてもだめだし、組織のお兄さんとしてもクビ案件ですよ?」
「…………」
「わ、わっ……重っ……!?」

くたりと脱力した体が全身で凭れかかってくる。背後の壁との間に挟まれて潰されそうになりつつ、ずるずると下がっていく大きな体と一緒に自分もその場にへたり込んだ。表からは見えない筋肉の量なのか、思っていたよりもずっと重い。首に吐息を感じながら、繋がれた手を見る。これ、どうしよう。……待って、安室さんは眠らされるなんて思っていなかったはずだから、手錠で私を拘束することは予定外のことだったはず。そうなると鍵を持っている可能性もある。

「ん……っ」

こちらに倒れ込んでいる体を何とか支えて、ポケットがついていないか手探りする。成人男性の衣服をまさぐるなどというはしたない女になってしまった。どの道、手錠で繋がれているから離れられない……恥は捨てて全力で鍵を探す。しかしどこかに捨ててしまったのか見当たらない。
確かに安室さんの言う通り、このまま大人しく繋がれていればジンと有川が戦って勝手に勝負はつくのだろう。大場さんは心配だけど、元諜報員で、一般人というわけではない。

だけど、この件は私のけじめだという決意は変わっていない。むしろ……あんな真似をされて何だかふっ切れてしまった。そこまで言われては「彼女」を譲らなければならないのかもしれないなんて。普通の関係には絶対になれないと考えていたけれど、私の世界の真ん中が知らないうちに変わっていたように、自分にとっての普通なんて呆気なく変わってしまう。だからそこに固執しても、どうせ気付けば私はこの男を見ているのだろう。本当に、人を振り回してくれる……まあ、相手も大概そう思っているだろうが。

高揚するのは、見つけられて直接語りかけられたからなのだろうか。
組織のお兄さんと降谷さんを私が見つけてしまった時も、ひょっとしたら彼はこんな心理状態だったのかもなぁと考える。以前の自分にはあり得ない、正体がバレてこんな風に心が湧き立つなんて。
有川は八坂をDIHに仕立て上げると言っていたけれど、呼び出したDIHの職員が来ないのであれば信憑性は薄れてしまう。まだ出来ることがあるはずだ。




Modoru Main Susumu