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23-5



「…………」

……いや、まあ予想はできたことだ。私が彼らの間に立ったとして、実戦で囮以外の役に立つことがあるはずもない。まさか自主的に国を出たくなるように仕向けるつもりだとは思わなかったが……あの名前を口外しないという約束がある以上、結局はここにいるしかない。

「閉じ込められてばっかり」

独り言を呟いてげんなりした。や、別に今は鍵がかかっているわけでもないんだけど。あいつどこまで緩いんだ?
仕方なく椅子の埃を払って控え目に腰を下ろす。スマホを取り出してアプリを立ち上げると、表示された画面を見つめた。

「反応なし……」

シンとしたままのレーダー画面を見て少しほっとする。
専務は公安に捕縛された後、泳がされて行動を監視されていた。大場は収容されて間もなく逃げ出したというから監視の可能性としては低いが念のためだ。
発信機から半径20キロ以内でなければ検知できず、反応はない。ということは、近くにはいない。発信機毎に付けることのできる名称の部分にはコーヒーの絵文字がひとつ。パトカーにしようかなと思ったが、やめた。……そう、これは安室さんを監視するためのツールである。死ぬほど恐ろしいことを言っている自覚はある。あの安室さんを、監視?今改めて静かに鳥肌が立った。

ここまで発達した道具はなかったものの、前世があれなので行為自体には慣れているはずなのだ。でも、画面を開いてすぐ近くに反応があった日には卒倒する自信がある。
さすがに安室さん本人に発信機を取り付けることは不可能だったため、彼の車に取り付けた。私ではなくコナン君が。ポアロのシフト中ならばわりと簡単にできるとはいえ、小学生に超A級任務を頼んでしまった気分だ……もっとも、発信機を貸してくれたのもコナン君なのだが……。
彼はいつもスマホではなく別の道具で色々な人の追跡を行なっているという。私が想像していた以上にやばい子供だったというわけだ。へー、すごい道具だね!と感心してみせたけど、それ以上の詳細は聞けなかった。怖くて。


『ねえ、僕、ナナシさんが言ったこと少しだけ分かるよ』

『全部夢だったとしてもさ、目を開けたときに後悔しないように生きればいいんじゃないかな』


あの日、小さな探偵から耳打ちされた言葉。そして彼は私にある提案をして、協力を惜しまないことを約束してくれた。距離を置こうと考えていたのに、結局うまくいかなかったというわけだ。今世で私は人と距離を置くという何でもないような事を次々と失敗してきたけど、考えてみれば「普通の」やり方を知らなかったのかもなぁ、なんて思ったりもする。

「それにしてもこの部屋……」

スマホをしまって手持ち無沙汰になり、デスクに近付く。置かれたレポートは書きかけだった。
……生物の細胞は成長の過程で不要になった細胞や傷ついた細胞の除去のために自殺するためのプログラムを内蔵している。アポトーシスの誘発に関する遺伝子の構造……異常によって引き起こされる様々な疾患、不全症。そして一般的に知られるアポトーシスとは制御の異なるプログラム細胞死の研究……。
気が滅入りそうな内容だった。馴染みはないが一目でそれとわかる生物学の月刊誌も側に積み上がっている。どれも一般的なもので、特に重要な資料があるわけでもなさそうだ。何かの購入伝票と思しき紙には乱雑に書かれたサイン。掠れていて読むことはできない。手にしていたレポートを元に戻し、そういえば、と思案する。

「プログラム細胞死か……」

今から50年以上前、世界で初めて不死化したヒト細胞の話題が自分のいた組織で話題にあがったことがあった。世間に知られたのはもっとずっと後のことだったが、培養に成功したことで人としての生涯に幕を下ろして半世紀が経過した現在でも、その細胞は分裂を無限に繰り返して世界中に散らばっている。人の記憶は脳だけではなく細胞のひとつひとつにあるだなんて、そのような迷信じみたことも耳にしたことはあったが……それが本当だったら恐ろしく残酷なことだ。どちらにせよ私がここにいて前世の記憶を持っていることの説明にはなりそうもない。

「……ん?」

やることがなくて周辺を漁っていると、スマホが震えた。メールのようだ。送り主は登録されていないアドレスで、意味のなさそうな英数字になっている。こんな時にアダルト系の釣りメールかと思って開いてみて、私は思わず固まった。
それはあの日、嶋崎さんの倉庫の中で見つけたのと同じ言語の羅列。ヘブライ語だ。たまに日本語の崩壊した怪しい広告メールを受信することはあるが、完全な他言語は初めてだった。

「これは……何かの暗号?」

どうしてこの言語でメール?有川が持っている別の携帯から送信したとか?本国を離れてだいぶ経つだろうに不思議なことをする。あいつは私のことに気付いているような、気付いていないフリをしているようなそんな雰囲気だが、ひょっとして試されているんだろうか。
後から誰かに見つかった時のため、念には念で言語を変え、別の携帯で送った……ということもあるかもしれない。むしろそれ以外に考え付かなかったので、面倒だなぁと思いながら仕方なく文章を読み進める。
「大いなる預言者について……」で始まる文に続いて、本文が書かれている。





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