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「どうして本部を辞めてしまったんですか?そんなに危ない目に遭っているなら、所属元に助けを求めた方が良かったんじゃ……」
「君はあの金髪の男との会話を聞いてたな?俺と殺されたスパイの男は内密に潜入捜査を行なっていた。内密っていうのは、例の組織に対して独自の工作を行なっている警察庁にも話していないって意味だ。組織の情報が八坂っていう正体不明の男に奪われたことは本部に報告したが、お偉いさんがそれを警察庁にまであげるわけがない」
「……なかったことにされた?」
「ああ……納得できなかったから八坂の遺体が発見された時に調べに行ったよ……でも、すぐに警察庁から圧力がかかって捜査自体が終了したんだ」

八坂やその背後にいる降谷さんは、中東を中継地にした組織独自の武器密輸ルートの情報管理にDIHが紛れ込んでいることを知らなかった。知っていたらDIHが意図的に混ぜた偽物の情報をわざわざ盗むことはなかっただろう。そして八坂がデータを盗んだことでDIHのスパイが既に殺されていることが明らかになり、大場は居場所をなくした。
持っていたパンフレットをぱさりとテーブルに放って、有川が男に合わせ身を屈める。

「なあ、あんたの仲間、いつ殺されたと思う?」
「さあな……ひょっとしたら潜り込んですぐに死んでいたのかもな」

組織に送り込んだスパイの命の灯がいつ消えたのか……それすら分からない。自分達はDIHから切り捨てられ、存在そのものをなかったことにされたのだと、男は言う。

「で、このままってわけにはいかないよな?」
「…………お前達は何者なんだ?」
「あんたと同じ、どこかの組織の末端だよ」
「……何が目的だ?俺はもう本部の一員じゃないし、潜入もなかったことにされたから、今の情報を持っていっても役に立たないぞ」

有川はそんなことはどうでもいいとばかりに鼻を鳴らす。

「金髪の男って言ったな」
「……ああ……黒の組織の一員だよ……」
「そいつはあんたの仲間を殺した男とは敵対してるんだ。あんたは他の幹部にいいように使われようとしてるんだよ。奴のヘマを証明できる貴重な存在だからな」

有川からすれば、単独行動の多い金髪の男がベルモットと行動を共にする理由はそんな風に見えるのだろう。……しかし、黒の組織というのは今初めて耳にしたが通称なんだろうか。随分、ふわっとした名称だ。昔の米国でいうところの、複数組織の犯罪行為の総称であるBlack Handのようなノリなのだろうか……今更組織の名前を知らなかったことに気付く私をよそに、有川のトーンはすっかり男を落としにかかっている。

「それに、おかしいとは思わないか?潜り込ませたスパイが殺されることだってあり得るのに、あんたの組織は潜入させておいて生存確認さえさせなかった。はじめからスパイが殺されるって知ってたんだよ」
「それは……だが、そうだとしてもどんな利が……」
「潜入先で諜報員が死ねば大事だ。それによって失脚するヤツがいるんじゃないのか」
「…………」
「あとは、そうだなぁ……そのスパイの男は問題のある男で、秘密裏に処分したかったとか」
「…………」

有川の言葉に男は無言だったが、明らかにたじろいでいた。ありがちな話だ。けれど「よくある話」でも、今の男にとっては全てが引っかかってしまう。誰かを潜り込ませるとしたら定期的に連絡を取るのは普通だ。が、それをしなかったのは単に黒の組織が強大だったからという彼の所属元の判断だったかもしれない。結果的に連絡を怠ったせいでスパイが殺されていることにも気付かず、危険な情報を流し続けていたわけだが……下手に怪しい動きをすれば逆に命を落とす可能性もあったわけだし、一概にはこれが正解ということはない。有川は当然知っていながらわざと揺さぶるために口にしているのだろう。

「あんたもそのうち口封じに殺されるかもな」
「なんだっていいさ……」
「結局もう行く当てがない、そうだろ。最後に真相を突き止めたくはないか?」
「…………何故、お前がそこまで?」
「俺はそろそろこの世界から足を洗おうと思ってるんだ。最後にあんたに会ったのも何かの縁だと思ってさ」
「…………」

殺された仲間の無念を晴らすんだよ。そう重ねられて、大場は押し黙った。ほとんど初対面にもかかわらず既に親しい友人にアドバイスをするかのようだ。これまで秘密をひとりで抱えて逃げ回っていた大場が同じような立場の人間に親身にされて、拒絶できるはずがない。

しかし、一言DIHが警察庁に「ウチもスパイ送ったから気を付けてね」と言えば済む話だったように思う。
密接に関わっているはずの両機関で連携がなされていなかった背景には、内部を掌握したい何者かの思惑が見え隠れする。上層を警察官僚が占める同組織でこのようなことが起こるということは、内側に派閥もしくは反乱分子があるのだろう。

大場は有川の言葉を否定せず、喉を鳴らしたあと、ゆっくりと目を合わせた。

「俺はどうすればいい?」
「簡単だよ。死んだあんたの仲間になりすましてDIHに連絡を取るんだ。殺されたはずの男が出てきたら嘘だと分かっていても奴らは動かざるを得ない……ここに呼び出せ」

やってきたそいつの口からゆっくりと真相を聞こうじゃないか。有川はそう言って大場を覗き込んだ。
ソファに座った男は、ぐっと唇を噛み締めて頷いた……。




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