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22-1



「はい、お待たせしました。ホットコーヒー」
「ありがとうございます」

休日の午後、昼のピークをだいぶ過ぎたポアロの店内には数人の客がいた。新聞を片手にコーヒーを飲む中年の男性や、スマホをぼんやりと眺めながらサンドイッチを食べている若い女性。外の通りを走る車も多くはなく、この時間帯の穏やかな喫茶店の雰囲気は好きだ。
おやつも食べずに私が何をしているのかといえば、ホテルの部屋にいてもすることがないのでふらふら出歩いている……ように見せかけて、自分なりに組織について調べていた。一番の情報源は協力しろと言ってきた刑事さんなのだが、ほとんど連絡が取れない。まあ、別に調べたからといって私がどうにかできるわけではないので、無駄かもしれないけど……何をさせられるのか分からない以上、事前に情報を握っておいたほうが安心だろう。
しかし、この間のように遊園地を破壊してみたり、電車を吹き飛ばしてみたりと、ここまで派手好きなのだからすぐに色々な過去の事件が分かると思ったのだが……表に出ている情報からでは組織にたどり着けない。あれだけが特殊で普段は大人しいのか、隠蔽工作がずば抜けて得意なのか……カップに口をつけて淹れたてのコーヒーを啜りながら私は考え込んだ。

最新型輸送機を入手できるとなれば、単なる反社会組織の資金力ではない。そういう組織だとしてもかなり大規模な宗教絡みか、背後に資産家の協力があるのかもしれない。100人未満の人間が地球上の富の半分以上を牛耳っている格差世界だ。単に大金持ちというだけならば簡単に割り出せそうなものだが。米軍から譲り受けるにしても正規ルートでは入手不可能なので、例えば破棄したことにして第三国から不正輸出させ、その上で押収するとか……受け入れ先の政府をも丸め込まなければならない。案外、表の顔を持つ人間が堂々と立場を利用して入手している、もしくは設計図を入手して自社の軍事工場で作っているとか……それとも、闇オークションとか?黒光りするオスプレイを銀髪の男が競り落としている場面を想像してしまいますます思考が雑になる。

「なんていうか、考えれば考えるほど不思議な組織……」
「ナナシさん、ちょっといい?」

ひとりで唸っていると、梓さんが近付いてきた。見れば私以外のお客さんはおらず、全員の退店を待って話しかけてきたようだ。どうしたのかと問うと、彼女はポケットからスマホを取り出して見せてくる。あれ?このスマホって……。

「これ、梓さんのじゃないですよね?」
「コナン君のなの。午前中にここに来てたんだけど忘れて行っちゃって……」

見覚えがあると思ったらコナン君のスマホだ。……えーと。目を瞬かせた私に梓さんが首を傾げた。

「あら、聞いてない?蘭ちゃんに電話したらナナシさんに預けてって言われたんだけど……今日は知り合いの人がやってる民宿に泊まりに行くとかで、ナナシさんもあとで合流するからって」
「えっ」

何の話だ、とは思わずに「まさか」と思った私は数秒固まった。あの大学の事件から1週間も経たない頃だったか、コナン君に「おじさんの知り合いがやってる宿に泊まりに行かない?」と誘いを受けたことを思い出したのだ。日付は確かに今日だった。
コナン君と私には、これまでそういう付き合いはなかった。急にお誘いをしてくる理由は、やはり組織絡みで情報を共有したり、こちらの手助けをしたいという心があるからだろう。少し前の私ならば応じたのかもしれない。けど、私はあの男に協力すると約束してしまった。巻き込むわけにはいかない、というのはかなり勝手な言い草だが、コナン君に話せばもちろん反対されるだろうし、あの夜、彼が刑事さんと私の会話をどこまで聞いていたのか分からない。ひょっとしたら私が何をしようとしているのか探ろうとしているのかも。距離を置くというよりも、距離を戻すと言った方が近いか……そうするのが賢明だと考えて、誘いを断ったのだ。

「私は行かないですよ?」
「え、そうなの?ナナシさんが今日ここに来るって知ってたし、連絡取ってるのかと思ってたんだけど……」
「……そういえば……」

誘いを断った時に何の用事があるの?と食い下がられて、私の使命はポアロに行くことだから……などというアホな返しをしたかもしれない。すっかり忘れてたけど今までの行いのせいで本気にされたんだな……。微妙な顔になっていると梓さんが「困ったなぁ」と眉を下げる。そして私をじっと見て……あ、嫌な予感が。

「ごめんなさい。今お店の金庫が壊れちゃってるし、私も規則でお客さんの貴重品は預かっておけなくて……ナナシさんが持っててくれない?」
「でも……」
「旅行ってわけじゃないんだし、コナン君明日には帰ってくるでしょう?」
「確か、都内の民宿でしたね……」
「蘭ちゃんにはナナシさんに預けるって言っちゃってるから……お願いします!」
「……わかりました……」

私も行くことになっているのは、断ったという情報だけが蘭さんに伝わっていないか、それとも……?
お会計を済ませ、今度サービスしますから、という梓さんの言葉に「任せてください。こんなこと、どうってことありません」ときりりと返事をして外に出る。なんて御し易い、食い意地の張った女だろうか。
コナン君の家はこのビルの上だけど、さすがにポストに入れておくのは良くない。持ち帰るしかないか……まあ自宅じゃなくホテルなんだけど。
そう思って溜息を吐いた私の目の前で、道路を走ってきた真っ赤な軽自動車がゆっくりと減速して止まった。まるで私が出てくるのを待っていたかのようなタイミングに再びの「まさか」である。助手席側の窓がおりて、ハンドルを握る男の茶色の髪が微かに揺れる。





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