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21-3



昔から派閥争いも激しくて近くにいる人間には心を許せない状況だったし、余計に傾倒したんだろう。仕草や言葉遣いが実はその人物を真似たものだと本人から聞かされたのは随分時が経ってからだったが、おかしくてそれは笑ったものだ。あまりにも乙女で。年に一度会えるか会えないかだったから、忘れたくなかったんだろう。
けど、相手は男なのに、そこまでする?って感じだよねぇ。そう言って男は笑った。

「……女の人?あなたの育ての親って」
「そ。妙なところで情に脆いっていうか……俺みたいな孤児を拾って分け隔てなく育てるような人だったよ」

まあ、その憧れの人物には鬱陶しがられてたみたいだけどね。そう結んで、話はおしまいだと、男は組んでいた長い足を持ち上げてさっさと椅子から立ち上がった。それ以上何を言うでもない。私の反応を窺うわけでもなく、いつも通りの緊張感のない顔で本を棚に戻している。その横顔に私はそっと問いかけた。

「……そんな秘密の話、私にしていいの?」
「君は平和ボケした日本に住む普通の女の子だろ」
「…………」
「君と話してると……不思議と故郷やあの人を思い出すんだ。まあ俺もずっとひとりだったから、寂しくなったかなぁ」

年だねー、と間延びした声が室内に響く。祖国以外のものを異物としか認識できない自分が、君が喋るすべての言葉が自然に思えるのだと。暗がりで伏せられた男の瞼の下がどんな色をしているのか、私は気になってじっと見つめた。ぼんやりとしたライトの明かりに照らされた男はゆっくりとこちらに向き直って、足音もなく私の方へとやってくる。

「そういうことだから。ジンを殺すまでは俺の言う通りにしてもらう」
「それは……分かりましたけど……」
「大丈夫、君には囮になってもらうだけだよ」

危険なことはないと男は言うが、その囮って世界一危険なのではないだろうか。いや、私だって降谷さんの名前を知られてしまったこの状況をどうにかしようと思ってこの人を呼び出したのだ、協力しろと言われることも一応想定はしていた。けどそれはあくまで情報を集めるとかそういったことのつもりで……囮なんて、成功しても下手をすれば組織の別のメンバーに一生つけ狙われる可能性もあるし、さっき別れた組織のお兄さんに見つかりでもしたら今度こそまずい……どうなってしまうのか恐ろしくて考えたくもない。物言いたげな私に向かって、黒い腕があの遊園地の時みたいに伸びてくる。また抱き締められるのかと思って身構えていたら、それより先にその顔が近付いてきた。

「……っ」

吐息の触れるような至近距離。思わぬ行動に驚いて目を見開いた私の視界いっぱいに広がる男の顔。その瞳や表情は影になって何色なのかうかがい知れない。どうすべきかと迷う前に私は反射的に瞼を閉じた。さっきの話を聞いていなければ、もしかしたら突き飛ばしていたかもしれない。安易にも情が動いたということなんだろう。しかし。

「ナナシさん、そこにいるのか?」
「!?」

唐突に聞こえてきた声が静けさを打ち破った。女性の声……世良さんだ。コナン君に連絡は入れておいたのだが、心配して探しにきたのだろうか。でも、どうしてここが?我に返って咄嗟に男のことをどう言い訳しようかと考えていると、黒い服が目の前でさっと翻る。結局、唇が触れ合うことはなかった。

「……あ」
「お友達が来たみたいだし、俺は帰るよ」

また連絡する。普段通りの口調でそう言って、男は声のした方とは反対側へとあっという間に姿を消した。声を出して呼び止めることもできず、私は仕方なくその背を見送る。ぱたぱたと館内に聞こえる足音はやけに軽やかに響いてくる。こちらの様子が見えないためか戸惑いがちなそれは本棚の向こうでピタリと止まった。

「ごめんね世良さん、心配して来てくれたの?」

ちょっと調べ物をしたくなっちゃって……その言い訳で通じるだろうか。男の声というのは低いから聞こえてしまっていたかもしれない。それにしても、鍵もないのにどうやって入ってきたんだろう。棚まで歩み寄り、体を傾けて足音が止まったあたりを見てみたが誰もいない。

「……あれ?世良さん?」
「ここだよ、ナナシさん」
「え?」

聞こえてきた声は世良さんよりずっと幼かった。姿が見えないはずだ。私が覗いた本棚の影、ちょうど足元からこちらを見上げるようにしている小さな姿。付けっぱなしのデスクライトの光が彼の眼鏡に映り込んでいる。世良さんはどこにも見当たらない。

「コナン君!?どうして?」
「遅いから様子を見にきたんだ」

そう言ってじっと見上げてくる彼は本気で私を心配してくれているようだった。いやに真剣な表情からはただそれだけではないことも窺えるが、遠くから様子を見ていたのかもしれない。小さな手は引っ張り上げるようにして掴んでいた蝶ネクタイを元に戻す。そうか……あの公園の時もこれで声を変えていたのか。……もしかして、今回私が刑事さんと会うことを予測していたから世良さんに言われるがまま大学に一緒に来たのだろうか。本棚に凭れて、大人びた雰囲気で佇むコナン君に「聞いてた?」と尋ねると、彼は曖昧に瞬きをした。

「戻ろう……蘭姉ちゃんと世良の姉ちゃんが待ってるよ」
「うん……ありがとう。迎えにきてくれて」

出口の方へタタッと小走りに進んでこちらに振り返ったコナン君に笑みを返す。
私があの男に協力することは私だけの問題じゃない。コナン君の今後にも、安室さんにも関わることだ。もちろん、組織に関わる多くの人々にも。けど、ここで何もしないという選択肢は私にはなかった。

デスクライトをパチリと消すと、館内は再び暗闇に包まれた。



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