Novel


≫新連載 ≫短編 ≫大人 ≫Top

18-28 (16-1)



手袋の中で握り締めた薬莢が擦れあって音を立てた。倉庫の出口から外へと遠ざかっていく後ろ姿を見送ったあと、床にうごめく作業着姿の人間を高い位置から見下ろす。体勢を立て直そうとしている残党がどこの手の者かは知らないが、この舞台からは降りてもらわなければならない。迷いなくシルバーの銃口を差し向けて、引き金を引いた。


銃声を掻き消すように甲高い悲鳴が通り過ぎていって、はっと息を飲んだ。頭上を塞いでいた灰色の天井は境界のない高い青空になって、ガタゴトとコースターがレールの上を滑る音を吸い込んでいく。緑色の芝生が眩いばかりに映えるそこは薄暗い倉庫の中ではなく、晴れの日のテーマパーク。小さな子ども連れの夫婦やカップル、制服を着た学生の集団……大勢の人で賑わっていた。

「捜一の刑事か……」

画面の反射を避けるようにフードコートのパラソルの下でスマホを見つめる。有川憂晴……警視庁捜査一課第3強行犯係。28才、警部補。商店街でミョウジナナシと一緒にいた男だ。現在、連続婦女暴行事件及び別件の強盗事件の捜査中。特筆すべきことはないが、同じ事件を担当していた女性刑事が非番の日に犯人に襲われて殉職している。単独で接触しようと試みて揉み合いになり、助けを求められて駆け付けたが間に合わなかったと報告にはあった。血気溢れる部署内において日頃から先走りがちな同僚を諫めるなどして頼りにされている男のようだ。
情報の末尾に送り主から「追加で調べますか」の文字。画面の上まで再度スクロールしてから視線をあげ、離れた場所のベンチに座る男女を眺める。……男の素性は知れている。まさか警察官だったとは思わなかったが……どこかで見たような気がするのもそのせいか。倉庫で襲われた時に彼女が迷わずあの男を呼んだのはそういうことだったらしい。付近を捜索中の警官ならばすぐに現場に急行できる。だが、いつから彼女と知り合いだったのだろうか。このタイミングで彼女の前に現れたのなら……何らかの目的があって騙している可能性も……。

「…………」

彼女を守るなら、もっと自分の息のかかった捜査員を側に置いた方が良いのではないか……そのように考えてすぐにそれを否定する。公安の刑事が、職務を放り出して駆けつけるような捜一の刑事に勝るとは思えない。
ひそひそと耳打ちをするような距離で言葉を交わすふたり。胸の内に引っかかる些細な違和感を覚えつつも、男の粗を探す自分に気付いてスマホを握り締めた。警官でありながら自身を偽って人を騙す。自分のような人間ばかりいてたまるか。自身の警察手帳はもう長いこと見ていない。組織に潜入する前に警察庁に預けたから、どこかに保管されてはいるのだろう。きっと新品のように綺麗なまま。

私だって、本当は巻き込まれたくない。そう言って次々と事件の渦中に放り込まれる彼女にはああいう男がそばにいる方が良いのかもしれない。そうすれば巻き込まれた挙句に危険な男につけ込まれる心配もなくなるのだろう。彼女が助けを呼んだ時、あの刑事は真っ直ぐに駆け付けることができるが、降谷零はそうはいかない。潜入を続ける限り、まず自身が警察官であるということを明かせないし、堂々と救いの手を伸ばすこともできない。状況によっては見捨てる決断を迫られる可能性すらある。実際に彼女に危機が差し迫った時、呼んだのは出会って間もないあの男だった。……生きる世界が違う。なんて、そんなドラマのようなことを言う気はないが事実はその通りである。どちらを取るか、何を捨てるか。選ぶことを諦めるのか……まるで物語の中でヒーローが葛藤するようにセンチメンタルな気分になって、これからも主人公になり得ない俺はおかしくなって笑った。
男の腕に抱かれる彼女がどんな顔をしているのか、知りたくなかった。




「大丈夫でしたか?探偵のお仕事」

はしゃぎ回る子どもを眺めていた女がこちらを向いて目を細めた。いつもスーツやパンツスタイルにヒールの靴を履き、活動的な雰囲気でいることの多い彼女が、今日はゆったりとしたカシュクールのワンピースにハットを合わせている。おそらく気を遣ったのだろう。

「ええ、今日は本当に助かりました。男ひとりで遊園地というのはさすがに怪しまれてしまうので……」
「家族連れやカップルばかりですもんね」

差し出した紙のカップを受け取った女性……星村類はそれに口を付けることなく、ふぅ、と溜息を漏らした。退屈させてしまいましたか、と眉を下げて問えば、違うのだと頭を振る。その表情はどこかぼんやりと遠くを見つめ、物憂げだ。

「……どうしました?」
「いえ、安室さんといると気後れしちゃって……」
「え?」
「素敵な方なので……横に並ぶのが申し訳なくて」
「…………」

女がそう言うと急な風が吹いてきた。彼女の後ろの花壇で色とりどりの花が揺れている。一拍おいて細い指が帽子を押さえた。肩につかない短めの黒髪が靡くのを見つめ、不思議なこともあるものだと首を傾げる。何故かその瞬間、今は会うことができなくなった部下の顔が頭に浮かんだ。
子供が走り回る声、ステージの開演時刻を告げるアナウンス、花畑……。今日のことが頭の中に記憶としてあるかのように錯覚する。遊園地でベンチに座る男に近付くフードを目深に被った男。休日にこんなところですまなかったな、そう言って。急遽必要になったものを手配してもらった。それを受け渡しながら他所を気にする男を見て、やってきたフードの男は……俺は「ひとりで来ていたんじゃなかったのか?」と問い掛けた。

「……女か……報告は受けていないと思ったが」
「と、とんでもない!彼女みたいに綺麗な人、自分には勿体ないですよ……でも、そうですね……もしも奇跡が起きたら、降谷さんに真っ先に報告します……」

男の見つめる先で綺麗に整えられた花々が揺れている。急に席を外した男の帰りを待つ女の顔は遠くてはっきりとは見えなかったが、この男と同じような表情をしているんだろうと思った。

それは晴れの日の色鮮やかな広場だった。




Modoru Main Susumu