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18-24 (14-1)



ミョウジナナシ
…年…月…日生 

…………

私は、…月…日午後19時30分頃、米花町…丁目…番のホテルで誘拐事件に遭遇しました。その日私は知人と同伴で鈴木財閥主催のパーティに出席しており…………

…………

5 : 犯人達のいる部屋から脱出した私は37階のラウンジで男に会いました。安室透という名前です。安室さんは私がよく行っている喫茶店の店員だったことから、なぜいるのかと疑問に思い声を掛けたところ、近くの部屋に連れ込まれました。直前に聞いたことのない音が聞こえていて、安室さんがそれを拳銃の音だと言っていましたので、私は怖くなって言われるまま部屋に入りました。確かに刑事さんの言うとおり、自分から部屋に入ったと思います。彼は探偵業もやっていたのでそういう場面では頼りになると思っていました。

6 : 安室さんは私を部屋に引き入れた後、入口付近にいては危ないからとベッドまで私を連れていきました。そこで私は押し倒されて、服を脱がされそうになったのです。もちろん、安室さんと私はそういった関係ではありません。気が動転していて満足に抵抗できない私に彼は精神的に追い詰めるようにして色々な言葉を投げかけてきました。いつもはとても親切な人なのですが、私を組み敷いて見下ろしてくる顔は別人みたいで、何度もやめてほしいと言いましたが、聞く耳を持ってくれませんでした。……

…………

その調書に目を通した直後気が遠くなったのは無理もないだろう。彼女とて警察に聞かれたら答えざるを得ないわけで、加害者ならともかく巻き込まれた側の人間ならば普通は正直に喋る。黙秘してほしかったとかそういうことではない。組織の男のことが他に漏れないようにわざわざ公安の刑事に調書を取らせたのだ。なのに、この彼女の調書は。
ホールで鈴木会長の娘として捕まり、37階で男達を制圧したことがよくもまあここまでというくらい詳細に書かれている。それはいい。さらに書類上の文字は続いていき、行きつけの喫茶店の店員に部屋に連れ込まれ、襲われかけた部分も書いてあるのだが……こちら側が銃を所持していて彼女を脅したことや嶋崎から手を引けと言ったことが一切書かれていない。彼女が色々と喋るのを見越して後から調書を改竄する手筈だったのに、これでは安室透が変な気を起こして彼女をいきなり襲った「だけ」かのようである。そう、改竄は必要ないレベルの情報になっているのだ。彼女から聞き取りをしてこの記録を作成した部下からすれば、わざわざ呼び出されて安室透の奇行を延々聞かされただけだったというわけだ。降谷零が普段女と接する機会がないから、ここぞとばかりに羽目を外したようにも見える。彼の同期あたりに話せば「上司に恵まれなくて災難だったな」くらいは言われる案件だ。
まるであんなことをした男への当て付け……いや、まさかな……それは安室透や組織の男の裏側にいるのが警察官だと知らなければできないことで、彼女がたどり着くことは難しいだろう。背後でコホン、と咳払いが聞こえる。つい先程この調書を手渡してきた風見だ。

「その、降谷さん」
「…………何だ」
「いえ…………」

風見の視線が背中に刺さるように痛い。やや間を置いてから彼は気を取り直したように「べ、別件ですが……」と話を切り出した。

「……外部と連絡を取った形跡がある?」
「はい……送信先は割り出している途中です」

組織と接触していた例の専務の件だ。コードネーム持ちの幹部として奴を捕らえ、すぐに警察の管理下に置くのではなく別の場所に収容して泳がせている最中だった。バーボンが調べた結果、始末に値しないということで取引の材料として売り飛ばす……その結果警察に捕まるというシナリオを用意している。部下によればその男がどこかに連絡を取っている。普通に考えれば金を流していた相手なのだろうが、それは4課が既に摘発しているはずだった。

「分かった……何かあれば報告を」
「了解」

その返事を聞いて会議室を後にした。
調書はもちろん回収した。



「あなたに知らせなかったのは悪かったけど、私にも事情があるのよ」

あっけらかんとそう言った女は事後処理をこちらに丸投げして、所用があるとかでさっさとホテルから姿を消した。
あの後、組織の実行犯はもともと反抗心が強いという理由で要観察状態だったことがベルモットから明かされた。鈴木会長と接触する仕事を任された男は組織の命に背いて勝手に人を雇い、会長と娘を人質にとって大金をせしめようとしていたようだ。あの日に裏切って高飛びするというベルモットの予想は見事的中したわけだ。知らされずにいたせいで道具もなく爆弾の解除をするという肝を冷やす展開になったが、組織の人間の理不尽さにいちいち腹を立てていても仕方がない。
嶋崎は会長として37階に連れて行かれた後、他の協力者と一緒に犯人になりすまして鈴木相談役が放った警備隊を引き付けていたらしい。それにしても一般人である彼女を巻き込むとは……鈴木と嶋崎は懇意とはいえ、乱暴な男だ。嶋崎自身は権力者であり、すぐ側にいる間は誰も手を出してこないだろうが、他人の妬みや恨みは周囲にいる力を持たない人間に向けられることが多い。一般人にそれを理解しろと言っても難しいのかもしれないが、とにかく、彼女はどこか楽天的に考えている節がある。やはり引き離すべきだろう。
……気になることがひとつある。爆弾を解除して部屋から出た後、非常階段の方へ向かおうとしたところで犯人グループの男達が廊下に倒れていた。その時は自分と彼女が部屋にいる間に嶋崎らが倒したのかと思ったが、わざわざ37階に戻ってくるのは不自然だし、時間的におかしい。伸びていた男達は捕縛され、後の取り調べで「捕まえた女と変な子供に会ったところまでは覚えていて、いつのまにか気を失っていた」と言うのだが……まさか彼女が倒したわけでもあるまい。もしくは、江戸川コナンか……。不思議な道具を多数所持しているあの子供ならば、そういった芸当が出来たのかもしれないが……後でそれとなく確かめてみた方がいいだろう。




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