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18-22 (13-7)



エレベーターで37階の部屋に戻り、手早くエプロンを脱ぎ捨てる。騒ぎの中で覆面の男達は会長と娘を上の階に連れて行けと叫んでいた。上階で行動するなら参加者を装うのが良い。スマホを操作しながら回収した手袋を丸めてビニールに突っ込む。ここに到着するまでの間ずっとかけ続けたがベルモットは電話に出なかった。次は降谷零の部下だ。

「風見か……南東のエレベーターが動いているだろう。37階西側の部屋の窓から合図を出すから、奴らがどの階に止まるか見てくれ……それと、これから外に出る人間は全員拘束しろ……入って行く警官には構うな」

小型のライトで外に合図を送り、連中がどの階で止まるか確認する。部下によるとエレベーターは37階、つまりこのフロアで止まった。真っ直ぐここを選んだということは実行犯の男が関与している可能性が高い。部屋のキーがなければエレベーターも動かない仕様だ。会長と娘の拉致を奴らに依頼した……というところだろうか。単独での犯行を指示したのにわざわざ目立つ真似をして人質騒ぎを起こすとは……娘の拘束も予定にはない。勝手に動いたということで間違いないだろう。金だけせしめて組織を抜けるつもりなのかもしれない。

「仕事を増やしてくれる……」

自身の目的どころか組織の人間の尻拭いとは。これを片付けなければ嶋崎に接触することもできない。漏れ出た舌打ちが誰もいないスイートルームに響く。安室透はそんなことしないと、そう言うであろう彼女は部屋に押し込まれた頃か。
ワインレッドのベストを着用してタイを結ぶ。ベルトから下げていたホルスターは外し、上着の下に仕込めるショルダータイプに替えた。上から黒いジャケットを羽織れば参加者の男に早変わりだ。さて、無事に鈴木会長と娘を捕らえたならば連中は次に依頼主に連絡を取るはずだが、それは会長と娘が本物だった場合……おそらく、早々に制圧される。彼女を助けにきたていで嶋崎に接触しても良いが、沖矢昴がいては思うように動けない。ぐずぐずしていると警察が到着する……どうするか、と思案して窓の外に目を向けたその時。一発の銃声が静けさを切り裂くように響いた。

「っ……!?」

響き方からしてこの部屋がある通路沿いではない。おそらくは反対側だろうが……そっちは彼女が連れて行かれた部屋の方角だ。まさか、と廊下に出て左右に視線を配る。人の気配はなく、シンとした廊下が伸びている。その後は何も聞こえない。音もなくドアを閉めて、ラウンジがある方へと走った。言うことを聞かせるために一発だけ発砲したのか、それとも揉み合いにでもなって撃ったのかもしれない。様々な可能性を考えながら広い空間に出る。誰もいないラウンジだ。と、ほぼ同時に、たった今自分が通ってきた廊下を後ろからやってくる足音が聞こえてきた。すぐさま身を翻して近くにあったソファの側で屈む。死角で姿は見えないが、ホールに残っていた犯行グループのひとりが上がってきたか……?ジャケットの下のホルスターから銃を抜き、構える。ちょうどいい、脅して部屋まで案内させて……。

「安室さん!」

唐突に安室の名を呼ばれた。咄嗟に振り向いた先に、確かに犯人達に連れて行かれた彼女の姿。今日初めて目があって、すると彼女が勢い良く走り寄ってくる。反対側から近付いてきている人間がいるのは彼女の位置からなら見えているだろう。なにをするつもりだ、と言おうとして、彼女がスピードを緩めることなく腕を伸ばしてきたので、驚いて銃を持っていない方の腕を伸ばした。そのまま顔にぎゅうっと押し付けられた柔らかな感触に一瞬思考が停止する。

「……ッ……!?」

細い両腕が首と背中に回されて抱き締められたことに気付いた。甘い香りがする。なぜこの状況で、と目を見開いても見えるのは白い肌だけ。脳をどうにか回転させて意図を探る。彼女がここにいるということは奴らを倒して出てきたのだろう。そして背後の廊下から響いてくる足音は始終ドタドタと騒がしい。もし犯人グループのひとりなら、彼女が……「鈴木会長の娘」がラウンジにいたら驚いて足を止めるに違いない。これは、犯人グループの男ではない。

「チッ……自分の部屋でやれようらやましい!!」

自分からは何も見えないが、男のやけくそ気味の声が響き渡る。そしてチャリチャリと金属音を鳴らしながらラウンジの向こうに走り去っていった。結局、その人物はパーティホールの外でうろついていた警備員の男だった。

「…………はぁ」

気の抜けたような溜息が頭上で聞こえた。直後彼女は「あっ」と小さく呟き慌てた様子で腕を解く。するりと離れてなくなった拘束に喪失感を覚えて、そこで初めて僕は両腕で彼女を抱き締めていることに気付いた。滑らかで思わず頬を擦り寄せたくなる女の肌が目の前にある。そして視界に入るのは……薔薇。体を離すと、彼女は僕をじっと見つめてから瞬きをした。僕を組織の男だと分かっているのか、いないのか。武装した正体不明の集団の人質になり、見ず知らずの人間が撃たれないように庇って銃を持った男をその腕に抱く……いくら何でも献身が過ぎる。

「何をしているんですか、あなたは」

偶然を装って状況を聞き出すのは難しくないはずだった。だが口から出たのは彼女を咎める言葉で、気付けば、彼女の手を引いて自分の部屋に押し込んでいた。




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