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18-20 (13-3)



「……妙だな」

鈴木財閥所有の大規模リゾートホテル。人の気配のないフロアに到着してしばらく、違和感に眉を顰めた。今回のターゲットは鈴木会長で、接触するのは組織の構成員の男だ。コードネームは与えられていない。作戦現場は37階、つまりここなのだが、その男の姿が見えない。事前にベルモットから作戦を聞いて確保しておいた部屋に入ってドアを閉め、時計を確認する。作戦開始時刻を2分過ぎていた。

「…………」

レッグホルスターを隠すようにベルトの上から腰に巻いたギャルソンエプロンの紐を締めて、鏡の中のウエイターの男を見つめる。作戦開始を見届けてから嶋崎に接触する手筈になっていたがいないのであれば先に動くしかない。ここにいないベルモットに連絡を取ったところで無意味だろう。
部屋から出て、エレベーターに乗り込みながらポケットに入れておいた黒縁の眼鏡を装着する。反対の手でスマホを操作し耳に押し当て、点滅する階数表示がカウントダウンを始めるのを視界に入れた。

「ああ……念のため待機だ」

そう一言だけ、エレベーターが半分も下降しないうちに通話は終了する。スマホを内ポケットにしまい、代わりに手袋を取り出した。浅黒い皮膚を指先から覆っていくのはシンプルな白の布地。かさついた肌が少し引っかかる。
実行犯の男の姿が見えないということは、ベルモットの作戦を変更したということだ。おそらくベルモットは今回、バーボンがこのホテルに潜入するということを実行犯の男に明かしていない。鈴木会長に接触するのは組織の正式な命令だが、嶋崎の件はジンに隠れて探っているため、他の構成員にも伏せたいはずだからだ。……作戦が変更されたのなら自分のところへも連絡が来る。何もないということはベルモットに知らせずに変えたということ。事後報告で済まそうと思っているのか……だが男はコードネームを持たない構成員だ。彼女の作戦をわざわざ変えて不興を買うような真似をするとは考えにくい。

エレベーターが多目的ホール前に到着した。
中に入ると、パーティが開始されてそう時間の経っていない会場内は挨拶を交わす人で溢れている。特に人だかりの目立つところに行くと鈴木会長の姿をすぐに見つけることができた。……やはりまだ組織の実行犯は動いていないようだ。作戦ではとっくに呼び出した会長と37階で会っているはずだが……何らかのトラブルでそもそもここに来ていない可能性もある。そうやって少し離れた場所から会長の顔を見ていると、不意に「安室さん?」と子供の声で名前を呼ばれた。振り向くと良く知った顔がきょとんと目を丸くしてこちらを見ている。江戸川コナン。彼も来ていたようだ。

「やあ、コナン君。園子さんに呼ばれたのかな?」
「うん!安室さんはそんな格好でどうしたの?」
「ちょっと依頼があって、色々ね」

少し前までは「ちょっと色々ね」と言えば鋭い目で疑われたものだが、僕の正体を知った彼からあからさまな敵意は感じない。ただ完全に味方だとも思われていないようで、探るような眼差しは相変わらずだ。この場合のコナン君は僕の3つの顔を知ったうえで、目の前の男がどれに当てはまるのか……と考えていることだろう。

「……さっき、園子姉ちゃんのお父さんを見てたよね」
「ああ、やっぱりあの人がそうだったんだね。いつも相談役の方がテレビに出てるから確証がなかったんだ」
「ふーん……」
「園子さんがポアロに来てくれているし、ご挨拶でもと思ってね……」
「…………」

にこりと微笑んでそう言うと、彼はチラリと鈴木会長を見てから僕に視線を戻した。それから、「あ、そうそう!」とわざとらしく明るい声を上げる。

「ナナシお姉さんもきてるんだよ。もう会った?」
「……え?そうなのかい?」

思いがけない名前に瞬きをすると、コナン君はしめたとばかりに足元にしがみ付いてきた。

「あっちの方にいたよ?」

そしてぐいっと足を押される。コナン君はどうやら僕が鈴木会長に対して良からぬことを企んでいると思っているようだ。この子はベルツリー急行に同乗していたから、ここで組織が何をしようとしているのか予想したのかもしれない。まあ実際に鈴木会長に何かするのは僕ではなく別の人間なのだが……その実行犯の男も見当たらないようだし、下手に組織に連絡すると役が回ってくる可能性もあるな。

「安室さん、早く!」

大した力でもないので動かなくても良かったのだが、下手に目立つこともできずに「わかった、わかった」と言う通りにした。振り向くとコナン君の小さな背中がそそくさと離れていく。ひとまず放っておいても問題ないだろう。子供に無理矢理追いやられた僕は壁際に移動して、本来の目的である嶋崎豊を探すことにする。しかし、彼女が来ているのか……嶋崎が来るのだからいてもおかしくはないが、だとしたらベルモットが嬉々としてそう言ってくるだろうと思っていたので予想外だった。



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