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18-19 (12-7直後)



「ところで、データを盗まれたのは誰なんですか?聞きそびれていました」
『ああ、そうだったわね。……ジンよ』

渋るかと思えばあっさりと教えてくれた。ジンは組織の中でもナンバー2に次ぐとされる幹部だ。冷酷無比で組織に忠実、裏切り者とあらば仲間だった人間の頭を次の瞬間に躊躇いなく撃ち抜ける、そんな男。確かにベルモットが動くとなると相手はそこそこの大物だろうと予想はしていたが……探り屋である僕の手をすんなり借りると頷いたのもそういう理由があったらしい。

「……へえ、盗んだほうは相当腕の立つ情報屋ですね。ジンはその情報屋を追っている、ということですか」
『Requiescat in pace……もういない』
「……なるほど」

requiescat in paceとはアメリカで墓石に刻まれるR.I.P.の語源となったラテン語だ。この世にいないということはやはりそれを盗んだのは八坂、ということなのだろうか。データを盗んでいる途中で諜報員だと気付かれたか……だが奴らは警察組織に対してアクションを起こしていない。諜報員だとばれたがどこの手の者かは口を割らなかった?後になってわざわざ目につく場所に遺体を遺棄した理由はそれか。……探しているんだ。奴らもまた、八坂の正体を。さっさと撤収すれば良いものをモタモタしてベルモットに嗅ぎつけられたのはそのせいだろう。情報を盗んだ以上、諜報員は自分の組織にそれを届けようとする。それをどこに届けたのか半年間探っていて痕跡を掴めなかったため、今度は受け取る側の反応を見るために遺棄した。
ジン達がそれにたどり着くには探りに来た人間をマークするしかない。……だが、本当にそうなら八坂の情報は一体どこにあるというのか。半年前、八坂からの緊急連絡を受けて一度だけ嶋崎の会社に走ったが、そこで見つけたのはデスクの上に置いてあったUSBメモリと、走り書きのメモだけ。それも八坂が姿を消した後だった。組織なら確実に八坂を殺した後にそれらを回収するだろう。つまり事件に直接関係があったとは思えない。だからこそ八坂が何らかの情報を掴んで殺されたという予測はできても、はっきりとデータを盗んだという確証はなかった。

「もう始末したのなら、これ以上追う必要はないのでは?」
『情報の内容が特別なものだったのよ……組織内でジンの立場を脅かすほどにはね。盗まれたデータが流出していないならそれでいいっていう問題じゃない、そういうこと』

だからジンも慎重になって調べている。データを盗まれたのは確かだが、それがどこかに渡ったかどうかも分からず、それで済ますこともできないということか。八坂が絡んでいるのなら外国に置かれている組織の中東支部の情報である可能性が高い。それを命じたのは降谷零だからだ。詳細な中身が気になるところだが、ここでは突っ込まない方が良いだろう。ベルモットと行動を共にしてジンの行動を把握することは、今回の件を抜きにしても有益だ。

『心配はないと思うけど……ジンが人を雇ってるみたいだから、あなたも気をつけなさい』
「おや、優しいですね」
『余裕ぶってて大丈夫かしら……子猫ちゃんも危ないかもしれないわよ。今のところ殺された諜報員と嶋崎には雇用関係以外に接点はなさそうだけれど……』
「…………」

彼女は関係ない、そう言いたかったが嶋崎に近しい存在なことは事実で、万一目を付けられたら危険なことに変わりはないだろう。嶋崎の愛人疑惑まであるのだ、もう組織の手が密かに迫っていてもおかしくはない。今のところFBI以外で彼女に何者かが接触したという様子はないが、こちらも全てを把握できているわけではない。ベルモットにとってミョウジナナシは囮にもなり得る存在であり、同時にバーボンをこの件に繋ぎ止めるための駒。

『そうそう、それで次の仕事の件だけど……鈴木財閥のパーティに嶋崎豊が来る予定なの』
「……僕は何を?」
『女の嘘は見破れないもの……たとえあなたでもね……あの子のこと、直接嶋崎に聞いたら?』
「…………本気でそれを聞くためだけに僕を呼び出すわけじゃないですよね?」
『冗談よ』

怒らないでよ。そう言って女はパーティの日時を告げ、「嶋崎とジンが接触したかどうか探ってもらえるかしら」と続けた。表向き、組織のメインの目的は鈴木会長に会うことだが、それは別のメンバーが実行する。その影に隠れて裏で動こうという目論見らしい。
ベルモットは嶋崎の元に潜入していたが、必要な情報だけ抜き取って秘書を辞めている。確かに、八坂が嶋崎に情報を渡している可能性はゼロではないから、ジンもそう考えて探っているかもしれない。本来は協力者以外を巻き込むことはご法度だが、それが死の間際だったのなら分からない。

『そういうわけだから……また連絡するわ、バーボン』

返事を聞くこともなく電話は一方的に切られた。話し終えるまでに一台の車も通らなかった家の前の道路を眺めながら、少しだけ考えを巡らせる。
日程に余裕がないため、公安として先に嶋崎に接触する暇はなさそうだ。組織の男として接触し、身分を明かして八坂のことを聞き出すか……だがもし何も知らなければただこちらの情報を嶋崎に与えるだけになってしまう。八坂の件は捜査中だが、常にジン側が様子を窺っているということだ。世界でも不安定な情勢が続いている中東の事情に堪能だったことから、八坂の死には様々な部署が首を突っ込みつつある。もちろん、公安が送り込んだ人間であることは誰も知らない。しかし、そうやって勝手に捜査に来た他所の人間が無駄に組織の標的になるのは避けたい。手を回して捜査を打ち切らせるか……。

時刻を確認しようと視線を移すと、少しだけ熱を持った端末の画面は真っ暗になっていた。




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