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05-2



……これが私のもう一つの仕事である。これが、と言っているがこの子と遊ぶこと自体が、というわけではない。
大学時代に恩師に頼まれて参加した政治家のパーティーが、すべての始まりだった。公式なレセプションの場、それも外国ベースともなれば同伴者が必要で、大抵は妻や婚約者、恋人を連れて行くものだ。大抵、高いステータスを持つ男女は結婚しているか決まった相手がいることが多く、ほぼ異性を伴っている。しかし例外はいるもの。結婚する気がないとか、同性愛者だとか、コミュ力が低すぎて同伴を探せないとか。騒ぐだけのパーティーならば必要はないが、情報交換といった色の強いパーティーでは同伴の人物によって声を掛けられる頻度も違ってくるので、わりと重要な役割だったりするのだ。前の世で身をもってそれを知っていた私は、恩師に頼まれてパーティーに参加したあと、ふざけてこう言ったのだ。「こういう同伴ビジネス、お金になるんじゃないですか?」と。それ以来、恩師は自身のネットワークから、張り切って依頼を持ってくるようになった。変わり者の知り合いもまた変わり者。恩師が紹介してくるのは変わった人が多かったが、大学教授の友人ということなので身元は確かだ。結構いいお金になっているらしい。
嶋崎さんともそのような繋がりで、数回、同伴してほしいと依頼を受けた。その延長で、たまにお子さんと遊んでほしいと直接頼まれることがあり、仲良くさせてもらっている。子供と遊ぶのにお金をいただくのはちょっと、と何度か遠慮したのだが、それは駄目だと言われてしまったので渋々受けることにした。ただ、目玉が飛び出るくらいの依頼料は絶対やめてと言い続けたおかげで、金額的には控え目である。

そんなわけで、そう頻度は高くないが同伴やそこから派生した簡単な頼まれごとを仕事にしている。学生時代は正直、社会勉強もあるけれど、依頼料の高さと豪華なお料理に釣られてやっていた。未だにやっている理由は、お金と美味しいごはんである。私は1ミリも進歩していなかった。



隠れんぼのあとにお弁当をメイちゃんとキャシーさんとで食べて、それから鬼ごっこを3人でした。現代の子、とでも言うべきだろうか。家の外で汚れながら遊ぶという機会は少ないのだろう。はしゃぎ回って疲れて芝生の上で寝てしまった小さな女の子の顔を覗き込んで、そっと黒髪に触れる。さらっさらの髪だ。羨ましい。
最初に「母親の代わりに、うちの娘と遊んでほしい」と言われた時、私に頼むくらいだからものすごく若い奥さんだったのかなぁと思ったのだがそういうわけではなかった。失ったものはいつまでも一番綺麗な状態のまま、ということなのかもしれない。ま、男ってそういうもんだ。

「子供って可愛いなぁ」
「……そうかしら?」

漏らした呟きに思いがけず返事があった。振り返ると、風に靡く美しいブロンド。細くて長い指で撫で付けながら、キャシーさんが近寄ってくる。

「本当は苦手だったりします?」
「実は、そうなの。旦那様には内緒にしてくださいな」
「あはは、でも分かりますよ。私も昔は苦手だったな……」

特に理由はなかったけれど、前の世では子供が苦手だった。まあ、予想外の動きをするので、単に活動の邪魔だったというのはある。子供は突拍子がない。
何もかもを捨て去ってようやくその域に達した自分にとって、無垢なままで時に残酷である彼らに恐怖を抱いていたのかもしれなかった。一片の穢れもなく、何でもないことのように、息を吐くように、何でもすることができる彼らに。それに加えて、不特定多数の子供を慈しみ愛することができるような溌剌とした女のことも、なぜか苦手だった。おそらく私は捻くれ者だったんだろう。

「キャシー……お姉ちゃんとなにを話してるの?」

話し声で起きてしまったのか、眠い目を擦りながらメイちゃんが寝返りを打った。汚れた手で擦らないようにと、しゃがんだキャシーさんが彼女の指をおしぼりで拭う。そして人差し指を1本、自分の唇に押し当てた。

「秘密です、お嬢様」
「ずるい。私もお姉ちゃんと内緒のお話する!」
「あはは、何を話そうか?」
「あのね、お父さんの秘密、教えてあげるね」

パッと顔を輝かせたメイちゃんが小さな手をこちらに伸ばしてきたので、隣に寝転がって顔を寄せる。すると、彼女はとても特別なことのように、小さな声で教えてくれた。
お父さん、お姉ちゃんが好きなんだよ。昨日も、お姉ちゃんに会えるから嬉しそうにしてたんだよ。と。
それはたぶん、お嬢さんが喜ぶ顔を楽しみにしていたんだと思うなぁ。一生懸命な彼女に、可愛くて笑いがこみ上げる。

「誰にも秘密だからね!」
「わかった、わかった」

私はにっこりと笑って彼女の小指に自分のそれを絡めた。
すぐにまた眠ってしまったメイちゃんに、着ていたカーディガンをかけてやる。今日はここまでのようだ。よいしょと立ち上がって背伸びをする。公園を駆け回るなんて子供の頃以来で何だかすっきりしてしまった。

「秘密かぁ……久しぶりにゆびきりしたなー」

擽ったいような、懐かしい気持ち。
A secret makes a woman woman……そんな言葉が背後から風に乗って聴こえてきた。

秘密で女になるなら、秘密で固まったような私って結構いけてるんじゃないだろうか。そんなことをふと思った。



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