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05-1



薄いピンク色のカーディガン。
白いフレアスカートと茶色のサンダル、それから大きめのハットを合わせ、バスケットを持って。私は米花町の隣町にある公園に来ていた。公園といっても、子供達が集まって遊ぶようなすべり台やブランコがあるところではない。ハイキングコースも整備された、広大な敷地だ。平日でもいつもは人で賑わうこの公園も、今日は駐車場から広場からコースまで、がらんとしていた。
コース脇の小道を少し進んで、芝生が広がる場所に出ると、ようやく人の姿が見える。

「やあ」
「こんにちは」

先にそこにいた男性が私の姿を見つけて片手を上げた。黒髪をオールバックにしたその人は上物のスーツを身に付けており、とても公園に来るような格好ではない。一見若いようで、笑うと目尻に皺が深く入る様子からそれなりに年齢を重ねていると分かる。
私は男の目の前まで歩いて行くと、丁寧に頭を下げた。

「お久しぶりです、嶋崎さん」
「久しぶりだね。また綺麗になったんじゃないか」
「そんなことないです……」
「今日はよろしく頼むよ」
「はい!」

男の名前を嶋崎豊という。土地関係の事業で一代にして財を成した資産家で、現在は最初に興した会社を部下に任せ、自らは別の方面で新しく事業を始めようとしているやり手の男だ。この公園に人がいないのも彼だからできる芸当である。肉眼では確認できないが、おそらく黒塗りの高級車が敷地の周りを固めていることだろう。そこそこの大所帯で来ているはずだが、ここに来るまでに人に会わなかったのが逆にすごい。
男は私の姿を見て、満足そうに頷いた。亡くなった妻がよくこの色の服を着ていてね、と呟いて、にこにことしている。そう、私が昨日カーディガンをわざわざ取りに行ったのはこの人のためだった。誤解しないでほしいのだが、別に愛人とかではない。これはちゃんとしたビジネスである。
離れた場所から子供の声が聴こえて、私は辺りを見回した。

「メイちゃんは?」
「ああ、新しい秘書と遊んでいるんだ。連れてこよう」

背を向けて離れて行く男を見送って、私は手にしていたバスケットを置くべく木陰を探した。中には手作りのお弁当が入っている。外で食べる方が良いが、料理は普通に好きだ。昨日久々に冷や汗を掻くような出来事があったので寝付けないかと思いきや、ぐっすり眠れてしまい危うく中身がおにぎりオンリーになるところだった。困難に直面するとより図太く、強くなってしまうのは今世でも変わらないようだ。
手近な木の下にしゃがんで荷物を置くと、元気にはしゃぐ高い声に名前を呼ばれる。

「ナナシお姉ちゃん!」

顔を上げると、一人の女の子が手を振りながらこちらに走ってきた。
確か小学校に上がったばかりと言っていたから、年は7歳くらいか。肩で切り揃えたさらさらの黒髪と、大きな同じ色の瞳。水色のワンピースから伸びる日焼けのない白い手足が眩しい。

「メイちゃん、久しぶり!」

勢いを付けて走ってきた細い体を受け止めるように、両腕でガシッと抱き締める。小さなその子からは花の香りがした。上気した頬と嬉しそうな笑顔に、こちらまで笑顔になる。手入れの行き届いた肌や髪から、彼女が非常に大事にされているのが分かった。後妻もない資産家のたったひとりの愛娘。超・お嬢様というやつだ。

「お姉ちゃん、かくれんぼしよう!」
「いきなり!」

笑い合いながら立ち上がって、後からやってきた嶋崎さんの隣に見慣れない女性がいることに気付く。
ブロンドで緩いウェーブのかかった長い髪。かなりの美人さんだった。どこから見ても外国の女性である。スーツではあるが動きやすいパンツスタイルで、見るからに出来る女という感じだ。私はメイちゃんと手を繋いで、2人に向き直った。

「もしかして秘書の方ですか?」
「ああ、彼女には先月から来てもらっているんだ」
「キャシーです。よろしくお願いしますね」
「ナナシです。よろしくお願いします」

短い会話だったが流暢な日本語だった。
軽い自己紹介を終えると、嶋崎さんが腕時計を確認してから屈んでメイちゃんの頭を撫でる。

「私はもう行かなくてはならなくてな。メイ、お姉ちゃんにたくさん遊んでもらいなさい」
「うん!」
「嶋崎さん、また後でご連絡しますね」
「ああ」

きっと、今日この時間だけここに来ることも本当は難しかったのだろう。私がこの人と出会ったのは奥様が亡くなられた後だったが、きっと奥様も素敵な方だったんだろうなぁと、彼らの様子を見ていれば容易に想像できる。元気に返事をしたメイちゃんが父親の背中を気にするのを見て、私は繋いだ彼女の手を引いた。

「よしよし、かくれんぼだー!」
「うん!」

去って行く嶋崎さんに聞こえるように2人できゃあきゃあと声を張り上げる。全力で隠れんぼすると私の場合は見つからなくなってしまうので、加減は大切だ。こうして日没までの時間を彼女と遊んで過ごすことになった。




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