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20-15



「八坂が盗んだデータには俺達の情報も含まれてる……だからあいつの所在を突き止めて接触し、奪ったんだ」
「……それはあのUSBですね?」
「ああ……結局パスワードを解読できずに開くことは出来なかった。パスワードの情報も奪ったのに、それだけが偽物だったんだ」

ダミーのパスコードを掴まされてUSBを開くことが出来なかったDIHは、それを持って再び八坂の元に訪れた。しかし。

「最後に会話した場所に大量の血痕が残されていた……俺があいつからUSBを奪った直後に殺されたんだ。死体はなかったけどな」
「それであなたは考えたわけですね。あのUSBを受け取りに来る人間がいるはずだと」
「……八坂の正体はいくら調べても分からなかったが、どこかの諜報員であることは間違いない。死ぬ間際に所属する機関に何かメッセージを送っているはずだからな……」
「そして、あれを探しに来る人間を待ち伏せしてDIHの権限で内容を開示させようとした……と」

そして予想通りに姿を現し、USBを持ち去った安室さんの正体を調べようとした。

「そこで僕が組織の人間だと気付いた、というわけですか?」
「いいや……調べても何も分からなかったよ。ただその氷のような目はずっと覚えていたんだ」

そうして安室さんの正体が分からないまま、つまりデータがどこの機関に渡ったのか不明なまま、最近になって八坂の遺体が発見された。

「……遺体が遺棄された倉庫を調べても何も出てこなかった。捜査に来ている人間にも接触しようとしたが、警察庁の鶴の一声で捜査できなくなって……そんな時に情報屋のひとりがこんな連絡を寄越してきたんだ。ヘマをして組織の男に捕まった。俺はもう殺される……その男は浅黒い肌で、長身で、金髪。恐ろしいほど冷たい目をした男だったと」
「…………」
「元から会社の専務なんかやってて、横領した金を舎弟企業に送っていたような奴だからな……お前に捕まらなくてもいずれ逮捕されてただろうが……ハッ、そっちのが幸せだったな……それで知ったんだよ。半年前、USBを回収した金髪の男は八坂の関係者じゃない。八坂を殺して数日後にもう一度やってきた組織の人間だって」

……え?専務?それってまさか……。
安室さんの正体を半年越しに知った男は、USBが組織に回収されてしまったと思い込んだ。組織の追手から逃れるために市ヶ谷から離れてここに潜んでいたのだ。しかし金髪の男は組織の人間でもあり、八坂の本当の上司である。安室さんがどうやってこの男にたどり着いたかといえば、あのふたりで解いたパスコードを使ってUSBを見たから、なんだろう。

しかし、どうやって八坂が降谷さんにUSBを届けたのか、謎は解けた。この男は八坂からUSBを奪ったと言ったが、八坂はわざとそうさせたのだ。彼は組織からデータを盗んだ自分の命が長くないことに気付いていたのだろう。憶測に過ぎないが、混じっていた偽物の情報や背後にいるDIHにも気付いたのかもしれない。わざと手放して、DIHがUSBを持ち帰っている間に自分は殺害される。八坂を殺害した刑事さんは盗まれたデータを探すが、もちろん見つからない。
八坂を再び訪ねてきた彼らが八坂の死の痕跡を発見したらどうするかを考え、コールの後に降谷さんが駆け付けてくることも見越してこの作戦を立てたのだ。そして本物のパスコードの暗号は、嶋崎家に仇なす人間には発見できないように事前にメイちゃんに託す。……その巧みさには舌を巻くしかない。ひょっとしたら八坂は、メイちゃんから聞いて私のことも知っていたんじゃないだろうか。今となってはもう分からないけれど。

「なるほど、そういうことでしたか……あの情報は僕が責任を持って処分しましたから、気にする必要はありませんよ」
「クソッ、人を人とも思わない悪魔め、俺は……っ!ずっとこの国のために働いてきたんだ!」

ふふ、と、吐息が耳の後ろを擽る。国のためにと口にする男は立場こそ違えど同胞であるはずだが、組織の男には関係ないのだろうか。いまいちどういう精神状態なのか私には理解できないのだが、八坂を殺したのはお前だろうと言われた時以外はまったく平時の状態に見える。
組織の男は淡々と告げる。

「そうですか……では、そんなあなたのためにもう一仕事させてあげましょう」
「っ……何だと?」
「この大学の裏門を出て50メートル東側に行ったところに僕の仲間が待っています」
「……な……何を、させるつもりだ……?」
「安心してください、言うことを聞いてくれたら命までは取りません。それとも……ここでこの女性を見殺しにしますか?」

こめかみにひたりと押し当てられていた銃口に力が加わって、私は自分の意志ではなく首を傾げることになる。目の前の男は悔しそうに唇を噛んで、それから……組織の男の言葉に従った。




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