Novel


≫新連載 ≫短編 ≫大人 ≫Top

20-14



「お、お前は……あの時の……」

驚きに見開いた目には確かに恐怖の色が浮かんでいる。しかしてっきり「誰だ」と問い掛けると思っていた茶髪の男は、私の予想とはまったく違う台詞を口にした。……あの時?知り合いだろうか。背後の男は現在この大学に潜り込んでいるらしいので顔見知りでもおかしくはないと思うが、あの時、というのはそれよりも以前に会っていたような言い方である。私に銃を押し当てたまま、後ろにいる男が話を始める。

「まさかこんな場所に潜伏しているとは思いませんでしたよ……それで、一般の人間に肩入れして正義の味方気取りですか?」
「くっ……!」

見ていたのか、と苦々しく呻いた茶髪の男が私を通り越して組織の男を睨み付けた。何のことだろう……ひょっとして管理人さんの件に何か関係があるのか。置いてきぼりで困惑する私に、正面の男の視線がチラリと向けられる。そして彼は自分の腰にサッと手を回し、取り出したものをこちらに向けた。

「彼女を離せ!組織の手先が……!」
「……え?え?」

握られているのはシグザウエル。さっき管理人さんが手にしていた銃だ。どういう経緯か不明だがやはりこの人が銃を回収したというわけだ。きっと組織の男に見つからないようにここに隠れていたのだろう。そこに私が来てしまった。彼は組織に敵対する人物で、組織からの追手をかわすためにここに潜んでいた、といったところだろうか。それなら、安室さんが少し前からここに潜入して何かを調べていたこととも辻褄が合う。組織の男が抑揚のない声で呟いた。

「大きな声を出さないでください……それに彼女も僕の方が良いと言っていますよ」
「うっ……」

思い切り引き寄せられ、太い腕に圧迫されてギリ、と首が締まる。ちょっと待って悪の組織のお兄さん、確かに忠告を聞かないで事件に巻き込まれる私も悪いとは思う。思うけど巻き込まれたからって全力で使うのやめて。よせ!と制止する茶髪の男は本気で焦っているようだった。私は否定しようにも声が出ない。悪役か。

「それはそうと、僕はあなたに会うのは初めてなんですが……さっきあの時の、と言いましたよね」
「…………」
「僕はこれでも記憶力は良い方なんです。でもあなたにどこで会ったか思い出せなくて……教えていただけませんか」

組織のお兄さんは彼と初対面だと言う。一方的に安室さんのことを知ることなんてなかなかないと思うけど……相変わらず強い力で拘束されながらやり取りを見守るしかない。ふるりと震えたように見える男は激高とも恐怖ともつかぬ態度で口を開く。

「半年前に見たんだ……嶋崎の会社にある奴のデスクで」
「…………」
「お前が……お前が殺したんだろう……あの男を。……八坂を!」

背後で息を飲む気配がした。沈黙のあと、私にしか聞こえていないであろう微かな息を吸い込む音。そうして組織の男は。

「何かと思えばそのことですか……ええ、そうですよ。あの男は僕が……」

八坂。その名前がここで出たのが想定外だったのか、それとも自分が八坂を殺したと思われていることに対してなのか。何の情報もない私には肯定した真意は分からないが。

「……まんまと騙されたよ。お前らの組織に潜入させていた男がとっくの昔に殺されていることを知らず、俺は情報を流し続けたんだ」

答えを受けて目の前の男が堰を切ったように話し始めたから、おそらくは反応を見るために自分が殺したと言ったのだろう。

日本で流通する武器のデータ等を方々から集め、自分は「情報屋」のフリをして、組織に潜入させた男に流していた。スパイとして送り込んだ男に情報を渡していた目的は、少しずつ偽物のデータを混ぜて数年がかりで組織の足場を崩す算段だったため。スパイの男は優秀な人物で、数年で組織の武器密輸に関する管理を任されるほどになった。作戦は順調に進んでいるかのように見えたが、今から半年前、スパイの男の端末から連絡があったのだ。

『撤退しろ』

そんな短い命令調の一言だった。今まで一度たりとも潜り込ませたスパイから連絡が来たことはない。そういう約束だったからだ。撤退しろの意味も分からず、緊急事態だと思ったが、連絡する際には必ず記すように義務付けられている目印も何もない。そこで気付いたのだ。潜り込ませていた男はとっくの昔にいないのではないかと。

「市ヶ谷では大騒ぎになったよ……何せバレないように、限りなく本物に近い情報を送っていたからな。調べれば情報源まで分かっちまう。末端の情報屋の命も危なくなる」

その撤退命令が出た理由はすぐに調べることができた。“八坂”と呼ばれる男が組織からデータを盗んだためだ。幸い、こちら側はただの情報屋としか認識されておらず、それ以上組織からの連絡はなかった。

……なるほど。今の話で少しだけ分かったことがある。武器密輸を管理するポストの後釜に座ったのはジンだ。つまり潜り込ませたスパイの息の根を止めたのはあの銀髪の男というわけだ。市ヶ谷。それは防衛省を表す言葉。ということは、目の前に立つ男はそこの人間ということで……いや、待てよ。八坂の死について刑事さんがこう話していなかっただろうか。

「国テロの情報班とかDIHとかとにかく色んな省庁の部署が乗り込んできて……でも結局何も掴めなかったんだよ」

と。
DIHとはDefense Intelligence Headquartersの略で、防衛省の特別機関のひとつである。情報機関としては日本で最大の規模で警察庁とも太いパイプがある。パイプどころか、重要なポストには警察庁から出向した警察官僚がついているくらいだ。
彼らは独自に内側からの情報操作を試みていたが、ジンの台頭でスパイが失脚、死亡。それを知らずにデータを流し続けていた。知ったのは八坂がデータを盗んだ半年前。半年前に嶋崎さんの会社の八坂のデスクで安室さんを見た、というのは、八坂が殺された直後のことだろう。安室さんはエマージェンシーコールを受けて一度だけその場所に行っている。なぜ、そのタイミングをこの男が見ていたのだろうか。




Modoru Main Susumu