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20-13



「……え?」

これは……モデルガン?……そんなはずはない。否、今のモデルガンはかなり精巧にできていて、銃口でも覗かない限りはそうと気付かないこともあるだろうが……そもそも、これはさっき彼女が持っていたシグザウエルですらない。元からモデルガンがここに偶然落ちていたのかと思い、テーブルや椅子の間を見たが、本物のシグザウエルは見当たらなかった。一体、どういうことだ?慌てて周囲を見回した私の視界に、食堂の扉から出て行く人間の姿がちらりと映る。

「っ……!」

誰だ?背格好が男のようだったけど……。タイミング的にはあの男の仕業だろう。騒ぎに紛れて拳銃を持って行かれてしまったようだ。しかもわざわざすり替えて。そのような真似は管理人さんが本物を持っていると知らなければできない。追うか迷っているとポケットの中のスマホが震える。こんな時に何だと思いつつ取り出してみてハッとした。……刑事さんだ。この辺りは通信状況がマシらしく、 1時間ほど前に送られたメールを今受信したようだった。内容は、落ち合う場所の指示を求めるもの。……まさか今のって刑事さん……?何のためかは分からないけど、他に銃を所持していそうな人物は思い当たらな……思い当たるけど、さすがにあの人がホールに入ってきたらみんな気付くだろうし。私は迷った末に男を追い掛けることにした。直接話す暇はないので、コナン君に後で宿舎に帰ることをメールで連絡して、と……。

この建物に食堂ホール以外の部屋はない。外に出て誰もいない構内を見回す。ぽつりと立つ街路灯が狭い範囲を照らしていて、それらが点在する薄暗いアスファルトを観察していると、不意にそのうちの一箇所が翳ったような気がした。……あっちか。表記が見当たらないがおそらく教室と研究室が入っている棟だろう、4階建ての建物。ロックはかかっていない。奥のほうに明かりが見える。通った人にセンサーが反応してライトがついたようだ。

「…………」

そっと中に入った私は廊下を進み、照明がついた付近までやってくる。刑事さんじゃなかった場合が怖いから一応連絡をしてからこの先に行こうとスマホを取り出すと、壁だと思っていた横の方から鉄の擦れるような音とともに、「おい」と低い男の声がした。

「!?」

思わず飛び退いて身構えた私の前で、ギイ、と軋んだ音を立てて扉が完全に開く。真っ暗で見えない位置に扉があったようだ。扉の音からして通常の教室ではなく、物置のような狭いスペースだろう。そこから明かりの方にヌッと顔を覗かせたのは見知らぬ男。何となく、さっきホールから出て行った男の背格好に似ているような。まさか私が追いかけてきていることに気付いて、身を隠したのか。照明の下に出てきたのはひょろっとした長身の、短い茶髪の男だった。30代半ばくらいだろうか。スーツの上着だけ脱いだような格好である。男は私の姿をまじまじと見た。

「君、こんな時間に何をしている?」
「あ、えっと……宿舎に行きたかったんですけど迷ってしまって」
「宿舎はもっと向こうだ。新入生か?学籍番号と名前を聞くからこちらに来なさい」
「え、あ……ここの生徒じゃないんです。卒業生で……今日は恩師に許可をいただいてここに」

しまった、大学の先生だったか。不審がる男に慌てて許可を取ってここにいることを告げるが、「来なさい」の一点張りで話を聞いてくれない。ついには痺れを切らして近付いてくるものだから、私は焦って後ずさった。いや、別にやましいことがあるわけでもないのでついて行って説明すれば良いのだが、ここで時間を食うのは避けたい。逃げるんじゃない、とやや高圧的に言われて、もうダッシュで逃げてしまおうかと考えたその時だった。

「嫌がる女性を無理矢理とは、感心しませんね」
「……っ!?」

聞き覚えのありすぎる声がすぐ後ろから聞こえた。二重のしまった、だが、もしかしてこの建物って彼が部屋をもらったと言っていたC棟だったのか。振り向こうとして、ぴたりと背中に触れる体の感触。……ん?と思ったと同時に後ろから腕が伸びてきて、私のことをガシッと捕まえるように抱いた。ぎゅっとするとか、そういう可愛いものではない。男の片腕は私の首元に回されており、つまり刑事物のドラマに出てくるような追い詰められた犯人が人質とかによくするアレだ。これで銃とかナイフなんて突きつけられたら本当にそれっぽいな、なんて、背後にいるのが誰なのかわかっているからこその思考だろうが……2秒後にそんな緩い考えは吹き飛ぶことになる。カシャッ。そんな音がして私は瞬きをした。続けてこめかみに押し当てられる硬くて冷たい金属の感触。ゴリっとしたそれは間違いなく銃だ。……人質……だと……?驚愕した私は男の腕を外そうとしたがビクともしない。そんな私の目の前で茶髪の男は立ち尽くしていた。いや、それはそうだろう。いきなり現れた男が銃を取り出したのだ。外見もどう見てもカタギじゃないし、さぞ恐怖を感じているに違いない……。ところが。



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