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20-12



彼女は焦っていた。2年も経てばタイムリミットは近付いてくる。卒業だ。ひょっとしたら犯人が既に卒業してしまっている可能性もあったが、事件を知る人間はまだいるかもしれない。そこで411室でおかしなものを見たということにして、大学側に報告したのだ。部屋が使用禁止にでもなれば確実に犯人が探りを入れてくる、そう考えて。だが学校にとって隠蔽したい411室に関連する騒ぎは呆気なく黙殺されてしまう。
そこで彼女は次の行動に出た。本当に幽霊を見せるのだ。始めの段階ではあくまでも「411室」という部屋番号を先行させて噂を立てることが目的で、必ずしも大勢の人間に幽霊を見せる必要はなかった。そのため、他の階の明かりが消えて階数の判別が難しくなる深夜に実行し、偶然目撃した生徒から「見た」という話が徐々に広まるのを待った。「見た」という話が管理人の元に寄せられたら、どうやら411室であるらしい、と困惑の表情で教えてやれば良い。
そして噂が広まった頃、複数人いた犯人候補にそれとなく相談を持ちかける。411室に幽霊が出た。学校側に相談しても相手にしてもらえないから探偵を雇うのだと。外部に依頼までしたとなれば怯えて暮らす犯人は出て来ざるを得ない。実際、篠田、笹山、山中の3人が理由を付けて彼女の元にやってきた。

「でも、清掃業者の山中さんは事件の後にここに来たんじゃ……?」
「あの男は元々大学側の用務員だったのよ。それが事件後に急に転職したから怪しいと思って……単に同僚と折り合いが悪くなって転職しただけだったみたいだけどね」

そして今日、わざわざ3人に部屋を調べさせ、何もないと確認させた上で仕掛けを発動させる。本当は全員の反応を見るつもりだったが、予想外の事が起きてタイミングがズレてしまった。しかし彼女にとっては幸運と言うべきか、首を吊る例の姿を見た篠田さんの態度で確信したのだ。この女は何かを知っていると。蒼白になって弟の名前を呟き、逃げるように走り出したその女を追い掛けるふりをして世良さんを皆の元に戻らせ、この場所に追い詰めて……銃を見せて詰め寄れば女はすぐに彼の死について知っていると白状した。

「ほら、もう一回この人達の前で言いなさいよ。そうすれば苦しまないように殺してあげる」
「ひっ……許して、わ、わたしはただ睡眠薬をあげただけで、殺してなんて……!本当なの!彼、警察の取り調べを受けてて、精神的に参って眠れないって……」
「ッ……そんな……そんな嘘は通用しない!」

引き金に掛かる指が震えている。あれで狙い通りに当てるのは難しいだろうが、偶然当たってしまうことは考えられる。篠田さんの方は完全に腰が抜けている状態で逃げられそうもない。

「まさか自分がこんなサスペンスドラマの黒幕みたいな真似をするなんてね……でも、もう終わりだから……」

誰かに語りかけるかのように彼女はそう言った。相手の言葉を聞く余裕もない。真相を知ることよりも今はその明かりのない絶望の淵から抜け出したい一心なんだろう。ここで取り押さえるために飛び出して、反射的に引き金を引かれてしまえばおしまいだ。弾が外れるのを見越して発砲と同時に飛びかかるくらいしか手はない。……普通ならば。世良さんが彼女の注意を引きつけるように声を掛ける。

「ちょっと待てよ。もっと詳しい話しを聞かなくていいのか?」
「っ……うるさいな、ごちゃごちゃ言ってるとあんたも……!」

彼女の視線と銃口がほんの僅かにブレた。その一瞬を逃すことなく、横手からすごい勢いで何かが飛んでくる。放物線を描くそれはブーストでもかけられたかのようなスピードで彼女に迫るが、目視では灰色の物体としか確認できなかった。

「あっ!?」

ガコッ!と表面が叩きつけられて凹んだような音がホールに響く。スナイパー並みの正確さで彼女の腕に直撃したのはアルミ製のバケツだった。話に夢中になっている間に、カウンター奥の清掃用具入れから何らかの方法で投げ付けたのだ。それを実行したのはこっそり回り込んでいたコナン君である。銃を落としそうになった女は一瞬憤怒の形相でその子を睨み付け、体勢を立て直そうとして……。

「アアアア!」
「っ!?」

軽やかに躍り出た蘭さんの高く振り上げた右足に怯み、バランスを崩して床に倒れ込んだ。初めから当てる気はなかったらしい蘭さんはすぐに足を下ろして、彼女の視界から篠田さんを隠すように間に入り込む。その間に駆け寄った世良さんと私で手足を押さえ、女を取り押さえることに成功した。

「離せっ!」

弾みで手から離れた黒い拳銃が磨かれた床の上を滑っていく。くるくると回転して視界の端から消えたそれがコツンとどこかにぶつかった音がしたが、暴れる彼女を取り押さえるので精一杯だった。すとんと尻餅をついた篠田さんは放心したようにこちらを見つめている。……ごめんなさい。消え入りそうな謝罪を聞いた人間は私以外にいただろうか。篠田さんは睡眠薬を渡しただけとそう言っていた。管理人さんの弟が本当に自殺だったのか、それとも他殺だったのか……それは知る由もない。2年も前のことで遺体もないのだ、再捜査は困難だろう。

やがて警備員を呼びに行っていたメンバーが明かりに気付いてホール内に入ってきた。世良さんから事情を軽く話し、彼女達を引き渡して……そうだ、拳銃。こればかりは揉み消せないだろうから、警察沙汰になってしまうだろう。思えば大学側が最初に無視をしていなければ管理人さんがこんな暴挙に出ることもなかったのかもしれない。どうやら何か裏がありそうだが……コナン君が蘭さんのところに駆け寄るのを見て、私は床に落ちているはずの銃を探す。白っぽい床の上でそれは簡単に見つかり、所在を教えようとしたところであることに気付いた。




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