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20-11



「それでふたりはどこに行ったの?」
「こっちだ!確かあの建物の方向に……」

静まり返っていたホールのエントランスにバタバタと足音が反響する。照明が落とされ、人がいるようには見えない暗がりの中、不自然にその口を開いている大扉の奥にはさらに濃い闇が蟠っていた。大急ぎで駆け込み、世良さんが壁際に寄って電気のスイッチをパチリと入れると、食堂の様子が蛍光灯の下に照らされる。明るくなったホールの前方で私達の方へ顔を向けたのは管理人さんと篠田さんだった。ふたりの体は対峙するように少しだけ距離を置いて向かい合っている。

「……なんだ、もう来たの。もっと腕の悪い探偵を呼ぶんだった」

距離が離れていて声は完全には届かなかったが、唇の動きで彼女が……管理人さんがそう言ったのが分かった。特に争っている様子はない。けど、彼女が何らかの目的のために篠田さんを追い詰めたのは確かだ。勝気そうだった篠田さんの目元には驚愕と恐怖の色が浮かんでおり、とても只事には見えない。丸テーブルの間を縫って、先頭に立った世良さんが彼女達に近付いていくのを、私と蘭さん、コナン君も追いかける。

「管理人さん、どういうことか説明してくれよ!何のためにボクは……」
「来ないで!それ以上近寄ったら……」

管理人さんはちょうどこちらからは見えなかった右手をゆっくりと上げ、それを見せつけるように突きつけた。……目の前にいる篠田さんに。そこで、その場にいた全員が息を飲む。

「この女を撃つ……」

その手に握られているのは黒い拳銃。シグ・ザウエル……なぜ、大学の宿舎に勤務するような一介の管理人が?どこからどう見ても一般人の大人しそうな女性。些細な動作で結い上げた黒髪が揺れる。動けなくなった私達は途中で立ち止まり、彼女達を見つめるしかなかった。

「どこでそんなものを……」
「慌てて探しに来たってことは気付いたんでしょう?私がこの騒ぎを仕組んだってこと。予想外の事が起きたけど、こうしてこの女を見つけることができたからお礼を言うわ。……私の弟をあの宿舎で殺した犯人をね」
「弟……?」
「こいつが白状したのよ……自分がやったって」

皆で集まってもそう口数の多くなかった彼女が、今はまるで舞台上の演者のようだった。目的を遂げるまではと張り詰めていた糸が緩んで饒舌になっているのだろう。やはり推理通り、彼女は篠田さんを見つけ出すために幽霊騒ぎを起こしたのだ。銃まで持ち出したからにはこの先の行動は想像に難くない。びくりと肩を震わせた篠田さんに、このままではまずいと思ったのか、世良さんが一歩前に踏み出す。

「管理人さん、あんたは最初からボクを利用するつもりだったんだな」
「そう。本当は外の人間を巻き込みたくなかったけど……学内で騒いでも揉み消されるだけだったから。今も昔もここは隠蔽体質のまま変わらないのよ」
「昔って……でもドミトリーでそんな騒ぎがあったなんて誰も言ってなかったぞ……その弟さん、ひょっとして行方不明になったっていう生徒と関係があるのか?」

ググ、と、細い指がグリップを握り込む音に緊張が走る。苛烈な怒りを通り越して顔色を無くした彼女は幽鬼の如く目を見開いた。

昔から人懐っこい子だった。年が離れているせいか喧嘩はほとんどなく、いつも後をくっ付いてくるような可愛い弟だった。大学に進学することになった時、そう裕福な方ではなかった家に出来るだけ迷惑をかけたくないからと、バイトをいくつも掛け持ちして勉学に励むような頑張り屋だった。自分も仕事が楽しくなってきた頃で自然と連絡する回数は減っていったが、互いの誕生日前後には顔を合わせてプレゼントを贈る、そんな仲の良い家族。その弟が大学宿舎の411室で首を吊って死んだと聞かされたのは2年前のこと。

「自殺なんて絶対におかしいと思った……その少し前に電話をした時、嬉しそうにコンサートに行くんだって話してたから」
「……司法解剖は?」
「検視の結果事件性はないと判断されて行われなかった。あの時私が駆けつけていれば、そんなことにはならなかったのに」
「それであんたは事件の直後にここの管理人になって、弟さんの死の真相を探っていたってわけか」
「弟と関わりがあった人間は全員くまなく調べたわ……怪しいと思う人も見つけた。でも本人に問い詰めても白状するわけがない……」

同じサークルの仲間、講義を一緒に受けていた友人。戒厳令でも敷かれているのではと思うくらい最初は誰も弟のことを話さなかった。事実その通りで、宿舎で自殺者が出たという話は伏せられ、大学側は当時現場に居合わせた清掃作業員やドミトリー管理人、彼と親しかった生徒にも口止めをしていたのだ。それでも隠し事はどこかから広まる。月日が経つにつれ、宿舎で行方不明のまま見つかっていない生徒がいる、などという別の噂話になり、怪談的に学内で囁かれるようになった。



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