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20-10



「……あれ?」

パチリと電気を点けて室内を見回す。が、そこにあるのはさっき見た時と何も変わらない簡素な部屋だった。見えたのは青白い光だったので、プロジェクターで映しているのだろうと思っていたが……そんなものはない。私達がここに来るまでに数分しかかかっていないのに、その間に仕掛けを撤去して立ち去ったとでも言うのか。そこでようやく、さっき建物を見上げて感じた違和感が何だったのか分かった気がした。

「私達、まっすぐ411室に来たけど……本当に幽霊がいたのって411室だったのかな?」
「……え?ナナシさん、それってどういうこと?」
「何となく高さに違和感があった気がして……」

幽霊が出るのは411室。ずっとそう聞かされていたから、見上げた先が411室ではないとは考えもしなかったのだ。見上げた時、何となくおかしいなとは感じたのだが……。おそらく意図的に1階と6階の照明が全て消され、パッと見たくらいでは幽霊の方に気をとられて階数が4階でないことに気付かなかった。世良さんが窓際に歩いて行って、外を見ながらうーんと唸る。

「そういえば、この幽霊騒ぎは外部からの通報で発覚したんだったな……外の人から見て普通411室ってわかるか?階数はともかく……」
「そうだよね……管理人さんが飲み会の帰りに見たのも、最初の通報が411だったからその部屋だって思い込んだのかも」
「最初の通報が犯人か、もしくは単にドミトリーの構造に詳しい人間だった可能性もあるな……」
「……ねえ、5階に行ってみない?」

コナン君の提案に、今度は5階の511室へ行ってみることになった。……もし私達が見たのが411ではなく511だったとしたら、411を調べても何もないのは当たり前だ。

「ここがちょうど411室の上だな……開けるぞ」

階段で5階に上がり、511室の扉を開ける。途端、ドアの隙間から青白い光が漏れ出て、私達をぼんやりと照らした。サイドテーブルに置かれたプロジェクタから壁に投影されているのは首を吊る男の映像だ。ひっ、と後ろで蘭さんが悲鳴をあげる。だらりと体を垂れ下げて、誰が見ても首を吊っていると分かるそれは、映像とはいえそこそこリアルだ。

「やっぱり、本当は511室だったんだね」
「……411室だと思い込ませたいのは仕掛けが見つかりにくくするため?」
「でも、今まで慎重だったのに今回はやるだけやって後の始末が一切されてない……妙だな」

ゆらゆらと波間を漂うかのように揺れる男を眺めながら思案する。事前に411室を調べた私達に、プロジェクタを使っておそらく遠隔操作か何かで幽霊を見せる。そこまでは良いが、411に何もないと知った私達が次の行動に出る前に仕掛けを撤去しなければ何もならないだろう。その理由は何か。

「…………もう必要なくなったんじゃないかな?」
「ボク達に仕掛けを見せたから満足して、ってことか?……いつも0時過ぎに幽霊が現れたのに、今日はまるでボク達に見せるみたいなタイミングだったけど……何でまた……」
「ねえ、篠田さんって、これを見て驚いてどこかに行っちゃったんだよね?」
「ああ……それで管理人さんが自分が追うからって……」

少しずつ状況を整理する中で、もしかして、という疑惑が生まれる。ドミトリーに幽霊が出る。そんな噂、管理人であれば出来るだけ広めたくないはずだ。それなのに噂は実際に目撃していない人間にまで広がり、さらに彼女は探偵を雇うことまで3人に話している。犯人の候補があの3人で、尻尾を出すのを待っている……それも考えたが、それぞれの幽霊を見た時の反応は本物だった。篠田さんもこの世の終わりのような顔をしていたというから、彼女が仕掛けたわけではないんだろう。ならば3人は犯人ではない。犯人ではないが、管理人さんは彼らに探偵がやってくる日を伝えなければならなかったのだ。そして、やってくる探偵共々411室を調べさせ、何もないことを確認させてから深夜に幽霊の仕掛けを発動する。それはあの3人の反応を見るためではなかっただろうか。なぜ、それは分からないが、何らかの疑念をあの3人の誰か、もしくは全員に対して抱いていたのだろう。それを確かめるために自ら騒ぎを起こした。411室というのはおそらく、その疑念に関わる何かだ。
はじめの「外部からの通報」は嘘だったことになる。411室に首吊りする男の姿が見えること……その噂だけが必要だったのだ。その噂に釣られて顔を出す人間を誘き寄せるために。そして管理人さんの狙い通り、3人の人物が訪ねてきた。あとは「見つける」だけ。
世良さん達はドミトリーの外でうろつく怪しい人影を発見し、外に出た。これは“彼女“にとっては予想外の出来事だった。本当なら見回りの後に発動させるはずだった仕掛けをそのタイミングで発動させたのだ。……篠田さんに見せるために。だから撤去する時間はなかった。

「まさか……今回の騒ぎって、あの管理人さんが仕組んだことだっていうのか?」
「だとしたら、今頃……」
「っ……ふたりを探しに行こう!」

浮かび上がる男の姿を見て、恐慌状態で何事かを呟いたという篠田さん。その反応を見て、”彼女“が何かを確信したのだとしたら……。

私達は部屋を飛び出した。




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