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20-8


「ねえ、コナン君は探偵なんだよね」
「……え?う、うん……まあ」

真剣な表情をしているコナン君に声を掛けると、彼は大きな目をぱちくりとさせて私を見た。ちょっとバツが悪そうなのは、小学生で探偵と名乗ることが普通ではないと知っているからだ。

「あのね……今日蘭さんと話してて気になったんだけど、本当はコナン君が事件を解決してるんじゃない?」
「そ、そんなわけないでしょ?ナナシさんは小五郎のおじさんの推理、見たことないから……」
「……じゃあ今度、見に行っちゃおうかな」
「え!?いや……でも危ないし、やめた方がいいと思うな……」

慌ててベッドから離れて頭の後ろで腕を組む小さな姿に、思わずふふっと笑ってしまう。探偵が中にいる、なんてバラしてきたのは自分なのに、誤魔化すくせでも付いているんだろう。恐らくそれは自分のためというより、相手を守るため。私は屈んでコナン君と視線を合わせる。

「大丈夫。私、自分の身は自分で守れるから。コナン君も知ってるでしょ?」
「うん……」

何せ私達は秘密を共有する仲だから。それを言外に匂わせて首を傾げると、彼は少しだけ困ったように頷いた。子供を誑かす悪い大人みたいだ。……癖になるな。もっとも彼が元に戻る日はいつか来るのだろうが、私にはそれがない。でもきっと、彼なら私の秘密を大事にしまっておいてくれるんだろう。

「思った通り、何もないみたいだな。とりあえず別棟に移動するか……」
「そうですね……コナン君、もういい?」
「…………」

ちらりと窓の外を気にしたコナン君の手を取って、私達は411室を後にする。滞在時間は10分程度だ。世良さんと打ち合わせした通りに、来た道は戻らずに反対方向へ歩いて別棟へ向かう。この時間ならまだ人の出入りがあって良いはずだが、ここまでで宿泊客と思しき学生には会っていない。やはり幽霊の噂が広まって人が寄り付かなくなっているのだろうか。管理人さんは他の宿泊者がいるような口ぶりだったけど……。

「そういえば管理人さん、最初は蘭さんと一緒に居残り組だったのに、自分も見回りに参加したいって言ってB班になったんだよね」
「……もしかしたら言わないだけで、騒ぎの犯人に心当たりがあるのかもしれない」
「それって、3人のうちの誰か?」
コナン君と歩きながら、声を潜めて笹山さんの背中を見る。思えば不思議なことは多々ある。まず、どうして探偵が来ることを3人は知っていたのか。普通に考えて管理人さんが3人に話したのだろうが、幽霊騒ぎは内部の人間が起こしている可能性が高い。犯人が誰なのかもわからない状態で調査が入ることなんて言ったら、探偵がいる間は騒ぎが起こらなくなる可能性もある。彼らが直接関係ないとしても、それぞれが構内で話せば一気に広まってしまうだろう。さっき会話をした感じでは、管理人さんはペラペラとそんなことを喋る人物ではないようだし、わざと3人に話したと見るのが自然だ。それは何故か?

「3人のうちの誰かが犯人だったとして、世良の姉ちゃんを呼んだことをわざわざ言うのはおかしいよね……内緒で呼んで、幽霊の仕掛けをしてるところを現行犯で取り押さえればいいんだから」
「まだ確証がなくて、犯人の候補があの3人。尻尾を出すのを待ってる……とか?」

そう推察しながらもいまいち腑に落ちないなぁと思っていくつものドアの前を通り過ぎる。そうだだっ広い建物ではないので、すぐに端っこにあるエレベーターが見えてきた。それに乗り込んで2階まで下り、今度は渡り廊下から隣の棟へ。窓の外は真っ暗だ。遠くに小さな明かりが見えるのは照明の色合いからして夕方食事をしたカフェだろうか。シン、と静まった空間に足音が響く。薄暗い渡り廊下の半分までやってくると、不意に、前方を行く男がピタッと足を止めた。まさかさっき犯人呼ばわりした会話が聞こえてしまったのかとちょっと焦りつつ、どうしたんですかと声を掛ける。

「……なぁ、おかしくないか?B班とすれ違わないのって」

振り向いた笹山さんがそう言った。……そう言えば、確かに。考え事をしていて気付かなかったが、このルートはあらかじめ確認し合ったルートだ。411室は少し念入りに調べる必要があるから、時間的には学生寮のほうでB班とすれ違うはず。こちらはもう別棟に入ろうとしているのに、B班の気配はない。

「世良さん、道を間違えちゃったのかな?」
「ここに来るのは2回目だし、それはないと思うけど……」
「…………」

軽い気持ちで迷子だろうと言った私と、少し呆れ気味のコナン君。しかし対照的に笹山さんはどこか青い顔をして無言になった。

「どうしました?笹山さん」
「……関係ないから言ってなかったんだけど、このドミトリー……前に人が行方不明になってるんだよ」
「えっ」
「それと……最近になって真夜中に建物内を歩き回ってる人間がいるらしいって、同僚に聞いてさ……」
「…………」

学校の怪談的なあれだろう。よくある話だ。学校、という誰もが共通の形をイメージしやすい場所はよくそういった話の舞台にされがちである。階段が伸びるとか、絵の中の人が笑うとか。そう、よくある話ではないか。なぜ今言った。
渡り廊下から見える外部用のドミトリーは、明かりこそついているが人が歩いている様子はない。人がいないのって、幽霊騒ぎというよりそっちが原因なのでは……?だって首吊り死体は動かないけれど、そっちは追いかけてきそうだもん。ぼやりと霞んだような蛍光灯の明かりの下でみんなで黙り込む。

「とりあえず……予定通り見回ったら玄関に戻りましょうか……」
「あ、ああ……」
「…………」

まさかのホラー展開突入の予感に、蘭さんを連れてこなくて心底良かったと思った。



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