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20-5



同じテーブルについた男は「何の講義を受けてきたんですか?」と尋ねてくる。私達が教室から出てくるのを見ていたのか。蘭さんが疑問も持たずに答えていることからして、つまり……。蘭さんの説明が終わって、安室さんが頷いたのを見てから私は口を開いた。

「あの……私達がここにいるって知ってたんですか?蘭さんも普通に話してるし……」
「ええ、ポアロで聞きました。ちょうど僕も依頼を受けてこの大学に来ることになっていたので驚きましたよ」

あくまでも偶然という風に安室さんは……否、組織の男は話す。私がここに来ることを公安の見張り役の人に告げたのは直前だったので、確かにその人から聞いたわけではなさそうだ。おそらく世良さんがコナン君と蘭さんを誘った場所がポアロで、安室さんはアルバイト中に話を知った。蘭さんが彼の姿を見て驚かないということは、安室さんはその時点で彼女達に自分もそこに行く予定があると話していたんだろう。私が絡んでいると知って咄嗟に自分も予定があると言ったのか……?それはさすがに自意識過剰だろうか。なにぶん、自分にやましいことがあるので勘繰ってしまう。

「安室さんの方は、世良さんの依頼とは別なんですよね」
「ええ、僕は……」

蘭さんの言葉に男が少しだけ瞼を伏せる。その相変わらず綺麗な横顔を見ていると、ふいにこちらに近付いてくる気配がした。軽やかな、複数の女の足音だ。顔を向けた先にいた年若い姿はここの生徒のようで、彼女達は私や蘭さんをちらりと見てから目配せするようにニコッと笑って、それから目当ての人物に話しかけた。

「安室先生、それって地毛ー?」
「そうですよ」

目を向けた安室さんが穏やかに答えている。話に割り込んできた彼女達はそれだけを聞くと嬉しそうに笑って、「次の講義も楽しみにしてます」と言ってまたパタパタと去っていった。私と蘭さんがいたからすぐに切り上げたのだろう。若いってこういうところだなぁと、彼女達の後ろ姿を見て思う。個人のキャラクターにもよるだろうが、あんなふうに悪びれなくて、そしてそのことでこちらを不快にさせることがないのは若者の特権だ。キラキラとして楽しそうで、限度はあれど思わず許してしまうというところか。まあそれは私の精神が年齢のわりに成熟しているせいかもしれないけど。それにしても……。私は安室さんを見る。

「……安室先生?」
「ナナシさんも聞きますか?僕の講義」
「…………」

反射的にぶんぶんと頭を左右に振ったら、なぜ?と首を傾げられた。いや、これだけ頭のいい人の授業ならどんなものでも聞く価値はありそうだけど、今目の前にいるのは組織のお兄さんなわけで……何を教えられるか分かったものじゃない。
もう学生に顔と名前が知れているということは単にフリをしているわけではなく、誰かの手引きで本物の講師として潜り込んだのだろう。いつから潜入しているのか知らないが、その辺りを捏造するとなると自力でどうにかできるものではない。
そんなやりとりを見てさっきまでの私とのデート云々の会話を思い出したのか、蘭さんが弾んだ声で「でも、安室さんって教えるの上手そうですよね!」とこちらに振ってくる。分かりやすく仲を取り持とうとしてくれる姿は可愛らしいが、これ、組織のお兄さんだから……。苦笑しながらそうだねと頷けば、安室さんはニコリと笑って「ありがとう」と呟いた。安室さん似の人がそれっぽく笑ってる。ホテルに送られて以降、特に連絡も取っていなかったのだが、不思議と気まずさはない。この人が組織のお兄さんだから?じろじろと見つめたらすぐに気付かれるので、チラチラと見つつコーヒーを啜る。そこで蘭さんが何かに気付いたように腰を浮かせた。

「あー、やっときた!コナン君と世良さん!」

声をあげた彼女は窓際に近付いて、外に大きく手を振る。向かいの建物の屋上にはいつの間にか夕暮れが広がっていた。あと30分もすれば暗くなるだろう。その様子を眺めて、安室さんは椅子から立ち上がる。

「では、僕はこれで失礼します。……ナナシさん、探偵の彼女の手伝いでここに来たんですよね?」
「え、ええ……手伝いというか、なんというか」
「構内といえど夜は危ないですから……ひとりで行動しないようにしてください」
「安室さんは、何の依頼でここに?」

聞きながら内心では滝のような汗が流れた。刑事さんに会っているところを見られたら私は完全に終わる。……いや、待てよ。組織のお兄さんなら話せば分かってくれる気も……いやいや、何を言ってるの?降谷さんと組織のお兄さんは同一人物なのだから、分かってくれるはずがない。ナチュラルに別の人のような気がしてしまって、私は自分の思考にびっくりした。椅子に座った私を見下ろしてくる青い瞳に窓の外の茜色が映り込んで、夜のような、朝焼けのような不思議な色をしている。夕陽で金色の髪がところどころきらりと光って美しかった。

「知りたいですか?一応部屋をもらっているので……そこに来てくれるなら、教えますよ」
「……あ、遠慮します……」
「C棟の305号室です。僕の部屋は眺めが良くて……今夜は何も見えなければいいんですが……」

そう言ってすうっと細めた目は、太陽が眩しかったからだと思いたい。眺めが良くて何かが見えるというのはドミトリーの幽霊騒ぎのことを言っているのか、それとも、私と誰かが会うことを「見てるぞ」と言いたいのか……。怖すぎて声が出ない。

「……何かあったら呼んでください、必ず」

私の返事を待たずに男はそう言うと、コナン君達が近付いてくる前にカフェを出て行ってしまった。



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