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20-4



教卓を囲むように円状に連なる机と椅子の配置が、教室というよりはイベントホールのようだ。講義前のざわめきの中、どこかそわそわとする蘭さんと一緒に教室の一番後ろの端っこに着席する。通常のオープンキャンパスでは一般生徒に混じっての見学は許可されておらず、模擬講義のみなのだが、今日は恩師による特例で参加させてもらえることになっていた。どんな手を使ったのかは知らないけど、どうせ、元から大人数の講義では外部の人間が混ざっていてもバレはしない。

「色々な人がいますね……」
「服装も髪型も自由だからね」

新一も一緒に来られれば良かったのに、ぽつりとそう呟く彼女に、ねえねえ、と顔を寄せる。

「蘭さんは将来、お父さんのお手伝いはしないの?事件現場にも結構居合わせてるんでしょ?」
「いえ、私なんか全然ダメです。怖がりだし、推理なんてできないし……」
「小五郎さん、いつの間にか有名になっちゃったよねぇ」
「すごいのは推理の時だけです。急に人が変わったみたいに……こうやって……普段はあんなにお調子者なのにニコリともしないでトリックを暴くんですよ?最初はビックリしたけど……」

そう言って蘭さんは椅子に凭れかかるようにして、そこから俯き加減のポーズをとって見せた。眠りの小五郎とはこの推理時独特のポーズから名付けられた呼び名のようだ。本当に寝ていると思うくらいに微動だにしないが、口上は淀みなく犯人を追い詰めるらしい。元の飲んだくれた彼の姿を知っている側からするとちょっと信じられない。一番信じられないのは長年そんなお父さんを見続けてきたであろう蘭さんなんだろうけど。なるほど……と心の中で頷きつつ、もう少し探りを入れてみる。

「じゃあ、新一君にお婿に来てもらって小五郎さんのお手伝いをしてもらうとか?」
「そっ……そんなの無理ですよ!アイツ目立ちたがりだから助手っていうタイプじゃないし、推理オタクだし……」

やっぱりコナン君イコール新一君だとは全然考えてないみたいだ。もし気付いていたら将来と言われた時に困った顔をするだろう。頬をさっと染めて、否定しながらも嬉しそうな彼女を眺めて、女子高生か……いいな……とほんわりしていると、今度は蘭さんがこちらに肩を寄せてきた。

「あの……ナナシさんはどうなってるんですか?」
「どうなってる?」
「彼氏ですよ!安室さんとか……」
「うん……それは……」

例の私達が揃って嵌められたディナーの一件はきっと知ってるんだろう。何もないよ!とは言えなかった。こんなピュアな女子高生を前にして、あなたの自宅の下に潜り込んでいる潜入捜査官と爛れた関係を築いているとも言えずものすごい濁してしまう。このままだと未成年に説明できない関係みたいになるんだけど、それはともかくとしてあの男、今思えばなかなか解せない部分が多い。あれだけ一緒にいる時間があったのに、一番大切な部分に触れてきていないのだ。八坂の件でいっぱいいっぱいで余裕がなかったのかもしれないけど……私から問うのはあまりにも藪蛇である。もしかしてこちらから切り出すのを待っているのだろうか。そもそも私、「あのこと」に対する明確な答えを聞いていない。私があの時モールの闇の中で口にした言葉に返事をもらっていないのだ。分からない……車で連れ去ったり、分かりやすく嫉妬してみたり、行動自体は単純なのに。ふとあることを考えかけて、やめた。こわい。

「あ、講義始まるみたい……あとで教えてくださいね、ナナシさん」
「う、うん」

若い女の子の恋話にかける情熱は何をも凌駕する……私はたじろぎながら前を向いた。





「なんか不思議な感じでした。勉強っていう気がしないっていうか」
「延々と概念の説明だったね……」

講義が終わって、もらった教科書のコピーを鞄にしまいながらふたりで教室を出る。久々に1時間半も人の話を聞いたらちょっと疲れてしまった。蘭さんは根がとても真面目なのだろう、熱心に聞き入っていたけど、そういえば勉強もかなりできるようなことをちらっと毛利探偵が言っていたような。可愛いし自慢の娘さんなんだろうなぁというのがよく分かる。そりゃコナン君も気が気じゃないわけだ。大学は真面目な人間もいればチャラい男もいるし。
さて、もうじき17時になる。おそらく心配しているだろうコナン君と、ウキウキだった世良さんはとっくにカフェにいる頃だ。そう思ってカフェに移動した私達だったが、夕刻の人もまばらなそこでふたりを見つけることはできなかった。

「まだ来てないみたいですね」
「うーん……ドミトリーをちょっと見てくるだけで1時間半もかかるのかな……」

管理人さんと話し込んでいるのだろうか。とりあえず休憩しようということになって、コーヒーを買って窓際の席に着く。蘭さんはホットレモンだ。この位置なら外からカフェに入ってくる人の姿を確認することができる。互いにカップの中身をひとくち飲んで、ほっと息を吐いた。

「それで、さっきの続きなんですけど!」
「あ、やっぱり?」
「デートとか……したりするんですか?」

ちょっと頬を赤らめながらそんなことを聞かれて逆に恥ずかしくなってしまう。だってあまりにも可愛いではないか。私の友人なら「で、もうやったの?」とでも聞いてくるに違いない。まあ女子高生だしな……デートという単語も特別な響きに聞こえるんだろう。そういえば私も、初めて男の子とデートした時は色々な意味でドキドキしたっけ。もどかしくて、相手を思いやる気持ちに溢れていて、くすぐったかったような。いや決して今が互いを思いやってないとか、もどかしさの欠片もないとかじゃないんですけど。クラスの女子と会話しているような気分になって、口を開く。

「デートはね……」
「あっ」

私がまた濁そうとしたのを感じ取って遮ってきたのかと思えば、蘭さんは私の背後を見て声をあげたようだった。コナン君と世良さんが来たのかと振り向いた私は、想定よりも高い位置にある相手の顔を見るために視線を上げることになる。男のひと。そしてその顔を視界に入れて、ビシリと硬直した。それはもう石化したみたいに動けなくなった。……なんで、ここにいるの?彼が……。蘭さんが弾んだ声で挨拶するのを聞きながら、何も言えない私はただ男を見つめ続ける。個性的な生徒の多い構内でもおそらくとても目立つであろう色素の薄い髪と、あますところなく同じ褐色の肌。

「こんにちは。……いや、そろそろこんばんはかな……ナナシさんと蘭さん」

いつものように弓なりに目を細めてニコリと笑う男。けど、再び開いて私達を見据えたその青い双眸は、昏く冷たかった。




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