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20-3



プシュッと音を立てて開いたバスの扉から、トン、トン、と一段ずつステップを下りる小さめの赤いシューズが見えた。このバスかなぁ、なんてぼんやりと見ていた私はその姿に驚いてベンチから立ち上がり、停車するバスに駆け寄る。近隣に店や民家はなく、大学生か教員くらいしかこのバス停を利用しないので、だいぶ小さなお客様に運転手さんも不思議そうだ。

「コナン君……と、蘭さん?」
「ナナシお姉さん、こんにちは!」
「私達まで押しかけちゃってすみません」

コナン君に続いて降りてきたのは毛利さんのところの蘭さんだった。久々に顔を合わせるような気がするのは、間に色々と濃い事件が起こりすぎたせいかもしれない。今日は学校が早く終わる日だったのか私服姿だ。最後に目の前に降り立った世良さんが私の顔を見るなりパッと笑顔になって、今日はよろしくなと八重歯を見せる。相変わらずボーイッシュで黒っぽい格好だった。

「知り合いの子ってこのふたりだったの?」
「そう!ミョウジさんの話をしたら知ってるって言うから、びっくりしたよ」

大学の門まで歩きながら世良さんと蘭さんが同じ高校の同級生であることを聞いた。クラスも一緒だ。ということはコナン君……工藤新一君とも同じということか。けど世良さんは転校してきたばかりだと言うから、新一君に会ったことはないんだろう。しかし世間は狭い。知り合いの子がこのふたりだったとは驚きだ。世良さんは調査のために大学に行くことを話し、事件のことが気になるコナン君と大学に興味があった蘭さんも一緒に来ることになったらしい。な、コナン君!と嬉しそうな世良さんに対してコナン君はちょっと呆れ顔だ。……もしかしたら結構強引に連れてきたのかも。正門に近付き、端に立っている警備員の姿が見えてくると、蘭さんが少し心配そうに私を見た。

「でも大丈夫ですか?私はともかく、コナン君も一緒に見学させてもらって」
「先生に話は通してあるから大丈夫だとは思うけど……」

さすがに小学生も一緒ですとは言っていない。まあ、恩師のことだからダメとは言わないだろう。会いに行くと言ったら「え、まさか今更仕返し?」と言われたので幽霊騒ぎについて話したのだが、一応その件は把握しているらしい。時間的に夜に調査をすることになりそうだったため、ゼミの合宿ということにして建物の使用許可を取ってもらった。泊まる部屋はドミトリーの管理人さんが用意してくれるそうなので、だいぶ活動しやすいはずだ。私についている公安の人にも友達に付き添って大学に泊まり込みで行くと連絡しておいたし、万が一様子を見に来られたとしても夜間は立ち入れない……完璧だ。一番の心配は呼び出した男がちゃんと来るかどうかだった。

「とりあえずドミトリーに行ってみようか?それとも講義を聞く?一応、出入り自由ってことになってるけど」
「そうだな……明るい時間にも見てみたいから、まずは幽霊が出るっていう部屋に行ってみようか」

無事に中に入ることができた私達は先にドミトリーに向かうことにした。……が、ドミトリーへ向かって歩き出した直後に足を止めることになる。コナン君が急にピタリと足を止めたのだ。さらにその少し後ろで蘭さんも立ち止まっている。

「ふたりとも、どうしたの?」
「ゆ、幽霊……?」

俯き加減の蘭さんがぽつりと呟いた。それを見上げるコナン君はどこかやれやれといった表情だ。蘭さんが止まったことに気付いてコナン君も足を止めたようだったが、どうやら彼女はこの手のものが苦手らしい。なるほど、コナン君はそれを知っていたから蘭さんの様子を窺おうと振り向いたわけか。世良さんは事件の詳細については話していなかったようだ。私は動かなくなった蘭さんに近付いて、下を向いている顔を覗き込む。

「私と一緒に講義のほうに行こうか?事件は世良さんとコナン君に任せてもいいと思うし」
「うん!それがいいよ!いや〜ナナシさん頭いい!」

蘭さんより先に世良さんが前のめりで賛同してきた。なんだかすごく嬉しそうだ。さっきもコナン君をキラキラした目で見つめていたし、まさか世良さん……ショタなのか。コナン君を前にときめいてしまう心情は大いに分かるが、隠しもしないその姿勢は堂々としていて見習うべき部分がある。私の脳内でショタ好きに認定されているとも知らずに、世良さんは小さな手を引いて彼を連れて行こうとしている。

「蘭さん、どうする?」
「……もしナナシさんが良ければ、そうしていただけると嬉しいです……」
「よし、じゃあ一緒に行こう。コナン君はそれでいい?」
「うん、ボクは大丈夫だよ」
頷くコナン君と喜ぶ世良さん。おそらくドミトリー組の方が早く済むだろうと予想して、待ち合わせ場所は構内のカフェとなった。こちらをチラッと気にするコナン君の視線を感じながら蘭さんと一緒に教室に向かう。うーん、そういえば彼は工藤新一君で、蘭さんの幼馴染だったんだ。いや、気付いていなかったわけじゃないんだけど意識が行かなかったというか。どういう経緯で小さくなっているのか知らないが、蘭さんの元にいるのは毛利小五郎が探偵をやっているから、だったりするんだろうか。……毛利小五郎が急にメディアで取り上げられるようになったのって、コナン君があの探偵事務所に居候して少し経ってからだったような……。ひょっとして毛利さん一家はコナン君の正体に気付いてる?いや、それにしては蘭さんの態度は普通すぎるし、前に新一君のことを聞いた時も特に変な様子はなかった。じゃあ毛利小五郎だけが彼の正体に気付いていて、助言を受けている?……それもピンとこないな。
物珍しそうに辺りを見ている蘭さんの横顔をそっと見つめる。彼女もまた本当に普通の女の子だけど、事件に関わって危険な目に遭うことが多い幼馴染をどう思っているんだろう。以前、コナン君は人目を避けるように公園で電話していた。相手は蘭さんだったのかな。たまに電話をくれるだけの人を待っている方は辛いだろう。もし無事に戻ってきても、また危険な依頼のせいで姿を消してしまうかもしれない。下手をすれば事件に巻き込まれて死んでしまって、それを知らずに待ち続けるかもしれない。何回めまで、彼女は彼を信じて待つのだろう。それって、終わりはあるのかなぁ。

「ナナシさん、どうかしましたか?」
「ううん、何でもない。今から行く講義、結構人気だから席が埋まっちゃうかも。急ごう!」

はい、と嬉しそうに返事をした蘭さんと一緒に、教室まで走った。



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