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19-20



「あの……情緒不安定って言われませんか?」
「……、言われませんね」

反抗的な態度をとったら噛み付いてきそうな男を見上げて、私はおそるおそる口を開く。その問いは意外だったようで、安室さんは瞬きをひとつして考えるような素振りを見せた。形の良い眉が片方だけ僅かに持ち上がっている。

「公安の偉い人なのに、そんなに簡単に煽られるのは良くないと思います」
「…………ある限定的な条件を満たすと怒りが収まらなくなるようです」

今、気付きました。安室さんは私をじーっと見下ろしながらそう言った。ある条件ってつまり赤井さんですよね?今気付いたって、う、嘘でしょう?どんだけ自覚がなかったんだ、そう思って目で訴えれば、彼は何度か瞬きをして見つめ返してくる。否定も肯定もなく、何を考えているのか分からない。キレ気味ながらも一応は自己を分析しているのだろうか。いや、今までのキレかけた安室さんの対応と微妙に違うところを見るに、実はそこまで怒っていない可能性もある。体を繋げたことで他の人間よりも優位に立っているのだと、本能的にそう感じているというのもあるかもしれない。本人が意識していなくとも、何せ目の前にいるのは男だから。

「……赤……あの人とは本当に何もありませんから。……べ……ベッドに運んでもらっただけで、類さんもすぐ隣にいたし」

さっきはちょっと、安室さんの圧がすごくて最後まで言えなかっただけなんです。なだらかに隆起する褐色の筋肉とえらく男前な顔をちらちら交互に伺いつつ、私は早口でさっと告げる。……なぜ私が恋人でもない男にこんなに気を遣わなければならないんだ。というか半裸の人は早く服を着てほしい。そんな私のびくびくとした態度で溜飲を下げたのか、安室さんは何だかふーんって感じになって目を細めている。
例え私が他の人と何かあったとしても、それをダメって言う資格はあなたにはないですよね。そう言おうとして、煽っちゃダメだ……という誰かの声が聞こえたので何とか胸に押し留めた。何度か思ってるけど、いつから私は自分を押し殺すようになってしまったのだろう。何事も起こらない安らかな日々を面白おかしく生きていただけだったのに。そう思って少しだけ眉を下げる。すると何を勘違いしたのか、じろじろと人を眺め回していた安室さんが大きな手でよしよしと頭を撫でてきた。

「怖がらせてすみません……ナナシさん、仲直りしましょうか」
「え……は、反省したの?」

うっかり漏れた本音に返事はなく、ゆっくりと顔が近付いてくる。彼が瞼を閉じたのでまじまじと見つめたが、イケメンはキス顔もイケメンだった。いや、散々しておいて今更なんだけど、中の人(?)の振れ幅が大きすぎてどの辺に気持ちを置けばいいのか分からないが故の現実逃避である。ひとり飴と鞭男め。一応目を閉じると、そっと、唇が触れる。

「……ん」

緩く重なりあった温かくて柔らかな感触は優しすぎてくすぐったかった。一秒にも満たない、挨拶みたいに軽いキスはすぐに離れていく。やっぱり事後ということもあって、ふたりの間に流れる甘い雰囲気のおかげでそうそう喧嘩にはならないらしい。……かと思いきや、うっすらと瞼を持ち上げた私の視界に再び安室さんの顔が迫ってきた。目の前で私よりも大きな口が何故かぱかっと開いて、みるみるうちにゼロ距離になる。

「?……あむろさ、」

がぶり、そんな効果音がつきそうな勢いで唇に噛み付かれ、私はびっくりしすぎて声にならない悲鳴を上げた。

「!?」

顔を斜めに傾けて固く瞼を閉じた男の顔がすぐ目の前にある。がぶっとやった唇でぐいぐいと私を抉じ開けて、驚きのあまり反応もできないのをいいことにその舌で絡めとろうとしてくる。ぬるりと擦れあう粘膜の感触と強引な態度が下火になっていた情事の名残に息を吹きかけて、男の手の上で一瞬で灯された。ぐるり、侵入してきた柔らかくて肉厚なそれが口の中を舐り掻き回す。反応を探ったり、誘導するような動きではない。歯がぶつかりそうな乱暴さで深くまで舌を入れられて、軽い恐怖にぴくんと体が跳ねた。

「んっ……んんーっ!」

両手で男の肩を掴んでその黒い皮膚に爪を立てるが、まるで無意味で単にしがみ付いているだけの状態にしかならない。口付けを交わしているというよりも、一方的に貪られているようなものだ。気持ちいいと一瞬感じたふわりとした感覚はすぐに焦りへと変化して、私は激しいキスを受けながら軽くパニックに陥った。そのうち煩わしく感じたのか、男の手が爪を立てる私の両手首を掴んでベッドに押し付ける。背を丸めてキスに没頭する男が身動ぎをするたび、ギシ、とベッドが軋んだ音を立てた。びくんと震えてしまう体が思い通りではなくて恥ずかしい。これじゃあ、また、……。私は飛びつつある意識を何とか繋ぎとめて、ぼんやりとした視界で男を捕らえていた。





「うう……おまわりさん……ぐすっ」
「……何か?」

両手で顔を覆ってさめざめと泣く私を安室さんが見つめている気配がした。返事までに少し間があったのは思うところがあったのだろう。この機会におまわりさんとはどうあるべきなのか自己を見つめ直してほしい。仲直りとか言って、ぜんぜん許す気がなさそうな激しすぎるキスをした後、散々にひとの体を弄んだ男がおまわりさんのはずがない。手をずらしてちらと見れば、私が引っ張ったせいで若干乱れた金髪をそのままに、悪びれなくこっちを見ている男の顔。

「っ……安室さんは悪の組織でしょ!さすが、わるい奴はやることが違いますね……!」
「悪の組織……、ところで嘘泣きはやめてください」
「ちっ」
「舌打ちをするな」

気に食わないものは気に食わない、そういうことってありますよね?そう真顔で言い放った男に、私はデコピンをお見舞いした。



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