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19-19


「わ、」

タオルケット越しに温かな体温が伝わってくる。いくら体重をかけないようにしていても男の図体で乗られたら重いものは重い。振り向くとすぐそこに半裸の安室さんの肌があって、私の体は枕ごとすっぽりと包み込むように抱き込まれていた。この体勢で男が女に囁く言葉は、おそらくは大半が甘いものだろう。しかし、安室さんが私の耳元で囁いたのは実に不穏なトーンの言葉だった。

「そうやって次は偶然、あの男の手助けをするつもりですか?ナナシさん」
「……え」

問い詰めるような口調に私はぎくりとして固まったが、ちょっと待って。このタイミングで突如出てきたあの男とは赤井さんのことだろう。昨日のことを言っているのなら、あれは赤井さんを私が手伝っていたわけではなく、私が赤井さんに電話を掛けて助けを求めたのだ。しかもちょっと道具を借りただけ。誤解です、そう答えると小さな溜息が首筋にかかった。擽ったさに竦めた肩が男物のシャツからはみ出してスースーする。それを温かくてかさついた唇が吐息とともに滑るようになぞってきて、私はぴくりと肩を跳ねさせた。いやらしさは感じない、ただそこにあるから的な雰囲気で女の肌を弄びながら、背後の男がじいっと私に視線を注いでいるのが分かる。その唇から、普段よりも一段下がった低い声が漏れた。

「……で?本当は昨日、赤井と何をやっていたんです」
「…………な、何のことですか?」
「とぼけないでください。僕と会う前に連絡を取り合って、あの観覧車で落ち合うことになっていたんですよね?」

まあ、阻止しましたけどね。珍しく勝ち誇ったようにそんなことを言う安室さんに私は目を丸くする。元々赤井さんと直接会おうとは考えていなかったのだが、確かにあの観覧車上のバトルがあったおかげで、会おうとしても会えはしなかっただろう。あれからすぐに敵が動き出して混乱に陥ってしまっていたし。職務にまったく関係のない、ただ単に気に食わない男の画策を妨害したことに優越を感じるその姿に、普段は見えないプライドの高い男の素の顔をちょっとだけ見た気がした。しかし、突然の尋問である。見過ごせないと言って追いかけてきた安室さんから全力で逃げて、半分そのせいで今こういう状況になっているわけだが……やることをやってもここはスルーできなかったらしい。お風呂上がりのふわふわとした金色の髪が首に擦れるのを擽ったく感じながら、背後の男を押し退けようと片手を持ち上げる。重くて無理だった。

「昨日も言いましたけど、電話で話をしただけです。受け取るものがあって……安室さんも見ましたよね?」
「…………」
「あの、類さんと一緒に制御室に行ったら爆弾が仕掛けてあるのを見つけたんです。それで……モニターにあの人が映ってたので、電話して……」

仕方がないので私は一から経緯の説明を始めることにした。コントロールルームに爆弾があったことは、あの時は気付いていなくても報告を受けたであろう安室さんなら知っているはずだ。……偶然爆弾を発見して慌てた女がモニターに映っていた知り合いの男に電話を掛け、助言を受けて装置を受け取りに行った。早く爆弾を無効化しなければならなかったので、とても急いでいた。緊急用の電源が落ちなかったのも男の……FBI捜査官の指示によるものだ。そんな簡単な推理、私が言うまでもなく安室さんはとっくにしているだろうに。どのような理由であっても彼に背を向け、赤井さんを頼るような態度を取ったのがいけなかったのだろう。
もう全部知っている安室さんに話をしても無意味というか茶番なのだが、それ以外にどうすれば良いか分からない。推理ではなく、私の口から聞かないと納得できないのかもしれないし……。などと、せっかく人が頭を悩ませて話をしているというのに、背後の安室さんはまた溜息を吐いた。そして自分の体を少し浮かせて、私にかぶせていたタオルケットを引っぺがす。

「安室さん?」

乱雑なそれに驚いていると、男の腕がシーツとお腹の間に入り込んできた。更には抱いていた枕も取り上げられ、あっと声を上げたところで視界が回ってうつ伏せから仰向けの体勢にさせられる。ぱちくりと瞬きをしながらすぐ近くにある端正な男の顔を見上げると、その目がすうっと細められた。

「今、そんなことはどうだっていいんですよ」
「は、はい」
「回りくどいのはやめましょう。昨晩も工藤邸で一緒にいたんですよね?……あの男とあなたはどういう関係か聞いてるんだ」

こ、怖!どうだっていいって、聞いてきたのは安室さんなのに……というか、沖矢さんが赤井さんだということにはやはり気付いているようだ。さっきは私の反応を見るために敢えて言わなかったのか。沖矢さんのことをよく知らないと答えてしまったため、嘘をつかれたと思っていることは間違いない。しかし、何もないと言っているのにこの疑いようは。そんなに軽い女に見られているとは心外である。……まあ、考えてみれば恋人でもない安室さんと何回もキスして、しまいにはこうして体も繋げてしまったわけで……他でも同じような悪いことをしているんじゃないかと疑いを持たれても仕方がない気がする。私だって最初は安室さんのことを女の子を騙してる悪いお兄さんだと思っていたし、今も若干そう思っているのだから。

「関係って、別になにもないです……」
「別に何も?そんなはずはないでしょう。男と女が一晩一緒にいて何もないなんてことは」
「だ、だから類さん達も一緒だったって言ってるじゃないですか……」
「なら、一言も話さなかったんですか?」
「……会話くらいはありますよ」
「どんな?」
「え……っと、」

私の表情を、視線の動きを。ひとつひとつ、見逃すまいと男が観察している。嘘をついたら大変な事が起こるのは間違いない……。なんだか面倒くさいなと思うのは駄目だろうか。
ずるい。私だって組織のお兄さんがどんな色仕掛けで女を騙しているのか問い詰めたいのに。
今日になってからだが、赤井さんがどうして変装しているのか、理由をほんの少しだけ聞いた。でも、これは安室さんが既に知っているのだとしても私から言うわけにはいかないだろう。それ以外では昨夜ちょっと会話しただけで、内容といっても私がくだらない質問をして赤井さんを困らせていただけだったし……。私はじっと見下ろしてくる青い瞳をちらと見て逡巡し、再度口を開く。

「……いえ、やっぱり会話らしい会話はしてないです。昨夜は疲れていつの間にか寝ちゃってて、記憶も曖昧だし……」
「へえ、でも会話らしい会話は……ということは、言葉は交わしたんですよね」
「え、ええ……気付いたらベッドにいて、赤井さんが私……に……、……」

殺気を飛ばしてきたんです。と言おうとして、私は口を開きかけた状態のまま固まった。声にならない驚きにひゅっと息を吸い込んで、何ならそのまま呼吸も止めていた。無表情にこちらを見下ろしている安室さんの額に綺麗な青筋が浮かび上がったからである。あ、しまった。せめて最後まで言うべきだった。

「……赤井があなたに、何ですか?」
「…………」

もうこれ以上低くならないのではという底冷えした声で、安室さんが問うてくる。蒼白になった私はふるふると頭を左右に振った。違う。前に工藤邸にいる気配に私が気付いて、それが偶然じゃなかったことを赤井さんが確かめたかっただけで、それで。けど、それを言ったら前にも会っていたのかと誤解を受けることは間違いないし、誤魔化して挨拶しただけなどと言っても、夜中ベッドで寝ている女を起こしてわざわざしたのかということになる。ナニをしたんだ、そういうことになるのは避けられない。もうこの人、どうしたらいいんだろう。開いた口を閉じたり、また開いたりして焦る私を見つめて、男は無表情から一転、整った眉根をぐっと寄せる。怒りメーターがブツッと振り切れた音がした。

「…………大概にしてくださいよ、俺を煽るのも」

不機嫌の最下層で発した低い声とは裏腹に、その薄い唇の端は緩やかに持ち上げられていて、愚かな女を嘲笑っているかのようだった。



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