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19-2



「ナナシさんはあの組織のこと、どこまで知ってる?」
「よくは知らないけど……関わった以上、安全じゃなくなったのは分かってるつもりだよ」
「提案なんだけど……しばらくここにいた方がいいと思うんだ」
「……え?」

コナン君の思いがけない言葉に、私は瞬きをして彼を見つめる。もちろん星村さんも一緒に、と言われて、別室で有希子さんと一緒にいるであろう彼女のことを考えた。確かに、ひとりで住む自宅に戻るより、そうさせてもらった方が安全だろう。

「僕もそうした方がいいと思います」

と、部屋の入口から顔を覗かせた沖矢さんが、私達が座るテーブルに近付いてきた。コナン君も類さんもどこか疲れた表情をしていたが、彼の場合元から目を細めているせいで全然分からない。現役のFBI捜査官と一つ屋根の下。これ以上ないボディーガードだ。私のことはともかく、類さんのことはしっかりとお願いしておこう。沖矢さんとコナン君を交互に見て、私は頭を下げる。

「ありがとうございます。類さんのこと、どうかよろしくお願いします」
「ナナシさんもここに住むよね?新一兄ちゃんのことなら気にしなくて大丈夫だよ?」
「……そうさせてもらいたいのはやまやまなんだけど、ちょっと事情があって……私は一旦家に戻ろうと思うんだ」
「でも昨日の今日だし、まだ出歩かない方がいいんじゃないかな……」

心配そうに見てくるコナン君と表情を変えない沖矢さん。今の私達は保護の対象だろうから、あまり動かれるのも困ったものなのだろう。それは分かるし、普通に心配してくれているのも分かる。分かるのだが……私にはすぐにでも片付けたい問題がひとつある。

「私、安室さんに会わないといけないから……迷惑掛けちゃったし、今後のことは相談してみる。もしここにお邪魔することになったら、その時はよろしくお願いします」

例の暗号を渡しそびれている間に、組織の人間と再び接触することになってしまった。しばらく組織からの接触はないと考えているが、こうなったら事件が事件を呼んでいつ何が起きるか分かったものではない。それに、類さんが八坂の恋人だということを知って、早く情報を”降谷さん”に届けなければ、という使命感も芽生えてきた。おそらく私に伝言を託した八坂さんもそろそろ痺れを切らしている頃だろう。
コナン君は私の答えを聞いて、まだ納得はしていないような顔だったが、安室さんが一緒なら……と頷いた。

「ナナシさん、今朝も言いましたが……あなたは普通の女性なんですから、くれぐれも無茶はしないように」
「はい、沖矢さん」

沖矢さんとは朝食後に改めて話して、FBIであるこの人が変装している理由を少しだけ聞いた。コナン君と赤井さんは協力関係にあるものの、どうやら今現在、足並み揃えて何かをしているわけではないらしい。まあ、赤井さんにはFBIとしての職務があるので当たり前か。コナン君は家まで貸して随分と赤井さんに肩入れしているように見えるが、それも理由があるようだった。FBI捜査官と日本の小学生がどうして出会い、こんなことになっているのか……経緯に非常に興味をそそられるが、話してもらうには信用も時間も足りない。いつか私がほんの少しだけ普通の女であることをやめることがあれば、それを聞く機会も得られるかもしれない。今は彼らの純粋な心配を心地良く感じておこう。そう思った。




「ナナシさん、私と一緒に来てくれてありがとうございました。危険なことに巻き込んでしまってごめんなさい……また会えますか?」
「もちろんです。私の方こそ、あの男を連れて行くって言ったのに……できなくてごめんなさい」

玄関まで見送りにきてくれた類さんと握手をして、言葉を交わす。結局、八坂のことを私から告げることはできなかった。
私はただ、一緒にいたかっただけなのに。そう言って瞼を伏せた彼女の横顔を、私は忘れることはできないだろう。……指輪を渡したい。ということは、彼女はまだ婚約の証を受け取ってはいなかったということだ。それが良かったのか、悪かったのかはわからないけれど。
類さんはしばらく工藤邸に滞在して、様子を見ながら自宅へ戻るということになった。彼女は私にとって気にかかる存在だ。きっと今後もそう。連絡先は交換したし、またすぐに会えるだろう。
私は彼女の後ろからやってきた3人に改めて頭を下げる。

「それでは有希子さん、コナン君と沖矢さんも……泊めていただいてありがとうございました。服はあとでお返ししますね」
「いいのよ、若い時の服だからもう着ないし……それより本当に気をつけるのよ?」
「ナナシさん、いつでもいいから連絡してね」
「はい、ありがとうございます。コナン君、また連絡するね」
「僕の車でお送りしたいところですが、先約があるようなので……譲りますよ」
「……え?」
最後の沖矢さんの言葉は意味が分からなかった。誰かに迎えを頼んだ記憶はないけど……首を傾げる私に、相変わらず何を考えているのか読みにくい彼はほんの少し笑う。じっと見つめていてもいまいちどこを見ているか不明なので、私は早々に諦めて靴を履いた。


ひとまず家に戻ったら安室さんと会う日を決めて、仕事の休みを取って……洗濯もして、あとは買い物に行かないと。刑事さんに連絡するのはその後でいいな。
ふと自分が着ている服に視線を落とす。淡いオレンジ色のサッシュブラウスは若い頃の服という言葉の通り、ちょっとレトロな感じだ。ウエスト部分で結んで留めるタイプで、肌触りの良さから高そうなのが伝わってくる。下はシンプルめな白のスカート。落ち着いたらこの服も返しに来よう。有希子さんから返さなくていいと言われたけど、さすがにそれはできないし……。そういえば昨日かぶっていた帽子がいつの間にかなくなっていた。観覧車の外で走り回っていたので、飛んで行ってしまったんだろう。最近ひらひらした服を着ている時に限って事件がやってくるのは一体どういうことなんだ。今度からいつ事件に巻き込まれてもいいように、ジャージとかスニーカーを持ち歩いていた方がいいかもしれない。そんなことを考えながら工藤邸の門を出て左に曲がる。

ふわりと、空気が流れる気配。
伏せていた視線を上げた私の視界に、静かに、ほとんど音もなく、白いスポーツカーが滑るように横付けしてきた。




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