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19-1



「じゃあナナシさんは星村さんと一緒に水族館に来たんだね?」
「うん……人を探してて」

あんな夢を見た割に、翌朝私の頭はすっきりと覚醒していた。類さんとほぼ同時に目が覚めて、おそるおそる部屋から出て行くと、そこには美味しそうな朝食と笑顔の有希子さんが待っていた。白いエプロン姿の有希子さんは、今ちょうど起こしに行こうと思ってたのよと微笑んで、私達に顔を洗ってくるように促したのだった。

朝食を終えてから、私とコナン君は別の部屋に移動している。赤井さん経由でコナン君から話があると言われたのはいつのことだったか、あれから随分と時間が経ってしまった。その間に私も色々と聞きたいことができたので、このタイミングでゆっくり話せることは逆に良かったのかもしれないけれど。私はテーブルの向かい側にいるコナン君を見つめる。昨晩はいつここに戻って来たのか、コナン君も朝食時は斜め向かいで有希子さんのベーコンエッグを食べていた。

「探してた人って、観覧車で一緒だった黒い髪の男の人?」

こくりと頷く私に、小さな探偵の目が一気に真剣なものになる。ジン、刑事さんがそう呼び、例の組織の中でも特別に危険だと安室さんが断言する、あの銀髪の男。ひとつ手を誤れば瞬時に自身の死を招くような、肌で感じた威圧感は偽りではない。たとえこの子の本来の姿が高校生だったのだとしても、あの男と対峙させるなんてことはあってはならない、そう思う。だが私が知らないだけでコナン君はずっと、小さな体であの男や組織と戦ってきたのだ。今私が事実と異なる返答をすることは愚かで何の意味もないことだろう。

「コナン君は……ジンを知ってるんだね」
「ナナシさんはどうして知ってるの?あの男の人は何者?」

きゅっと握り締められた小さな拳がテーブルに置かれている。私はそれを見つめてから、これまでに自身に降りかかった事件のことをかい摘んで話すことにした。
全ての始まりは嶋崎さんとの出会いである。といってもあの人と出会ったのは大学生の時だし、本当の意味で色々なものが動き出したのは今年になってからだ。倉庫で発見された頭を撃ち抜かれた遺体を巡って、あの組織と関わってしまった。……いや、本当はそれより前に組織の人間として活動する安室さんを見ているので、私が例の組織を認識したのはもっと前ではあるのだが……その辺は別に話す必要もないだろう。
組織で武器の密輸や調達を専門にしていた有川という男。本当の名前は聞いていない。ジンにどこからか連れてこられて、他のメンバーのことはほとんど知らないと言っていた。組織のボスから権限を与えられ、有川を上手く使って独占的な兵器の密輸ルートを持っていたジンだったが、ある時に重要なデータを奪われてしまう。奪った人物は嶋崎さんの新しい事業に関わっていた中東事情に明るい男だ。結局、正体を掴めないまま男を殺してしまった彼らは、情報がどこかに漏れていないか調べる羽目になる。そしてジンがヘマをしたらしいということを察知したベルモットもまた、嶋崎家周辺を探り始めた。

「星村さんは、データを組織から盗んだ人の恋人だったんだね」
「ええ……私は嶋崎さんと親しくしてたから巻き込まれちゃって。彼女が有川に接触するって聞いて、心配で水族館に付いて行ったってわけ」

類さんに拳銃で脅されたことや、彼女が刑事さんに騙されて動いていたこと。そしてデータを盗んだ男の正体が公安であり、安室さんの命令で潜入していたことはコナン君には言わなかった。最後のはいずれバレてしまうかもしれないけど、コナン君が安室さんのことを公安だと知っているのだとしても、私から言うことではないような気がしたのだ。実際、どうなんだろう。ベルツリー急行の辺りでは安室さんを警戒していたコナン君だったけど、観覧車では協力していたように見えた。昨日の事件の全容を理解しているのなら、安室さんが組織に潜入しているということは知ってるんだと思うけど……。安室さんが自分から正体を言うとは思えない。
コナン君は小学生らしからぬ神妙な面持ちで右手を口元に添え、考える素振りをする。

「今のナナシさんの話だと、奴らは結局データがどうなったか把握できてないってことだよね。また襲ってくる可能性もあるってことだ」
「うーん……思うに、あれだけの事件の後だからすぐには行動できないんじゃないかな?それに、もしかしたら刑事さんが「データはどこにも漏れてなかった」とかってあのジンっていう男に報告してる可能性もあるかも。裏切ろうとしてたみたいだし……」
「それ、確かめられないの?」
「うん……あとで連絡してみる。他に確認したいこともあるから」

接触することは憚られるが、まだあの男には聞きたいことがある。それに私は、自分が犯した不始末を片付けられていない。……そう、不用意にも私があの男に漏らしてしまった「降谷」という名前。ジンを殺すつもりでいたのならそんな名前をいちいち報告してはいないと思うが、それは私の希望的観測に過ぎない。彼らは八坂の正体に気付いていなかったため、降谷という名前と公安がすぐに結びつくわけではないだろうが、今後何があるか分からない。どうにかしてあの男を口止めしなければならないのだ。これが前の世だったら、上手くやれば一発の銃弾で解決できたかもしれないのに……そんな物騒なことを考えてしまう。
とにかく、刑事さんへの接触に関しては安室さんに知られないように事を進める必要がある。ここで私の行動を把握してくれる人物を確保できたのは良かった。




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