Novel


≫新連載 ≫短編 ≫大人 ≫Top

18-16 (12-4 と 12-5の間)



1人用のベッドが重みに耐えきれずに軋んだ。ほんの少し背を丸めるようにして眠る彼女はさっきからずっと夢の中で、外の世界で男が独り言を呟いたり、あまつベッドに忍び込んで自分を見下ろしていることなど知る由もない。今目を覚まされたら完全にアウトだな、事案だ。そう思いつつ、果たして死ぬのは俺の中の誰なのかと考える。安室透が真っ先に文句を言ってきそうなシチュエーションだ。咄嗟にざまあみろという言葉が出てきた俺は、ポアロで彼女の賞賛を一身に受ける安室透のことが実は好きではないのかもしれない。いや、俺なんだが。短期間で複雑な関係になったものだ。誰のせいかと考えてじっと彼女を見下ろす。あまりに安心したような表情に少しだけ申し訳なくなりはしたものの、これからすることは変わりそうもなかった。
ベッドに突いた右手に控え目な吐息がかかっている。こちらを向かせようと触れた肩は軽々と包み込めるくらい華奢で、掌に伝わるじわりとした温かさに指が離れなくなった。さすがに目を覚ますかと思ったが、瞼がぴくりと動いただけで起きる気配はない。
正面を向いた彼女の髪がさらりと頬を流れる。繊細さの欠片もない指を髪と地肌のあいだに差し込んで、その輪郭を確かめた。生え際の薄い皮膚を親指の先でなぞるようにすると、擽ったそうに身じろぎをしてその唇が薄くひらく。それが薄暗い中でいやに艶めかしく、吸い寄せられるように唇を重ねた。

「…………」

赤井の名を呼ぶ彼女を黙らせたい一心で強引に奪った、昼間のキスとは違う。ほとんど抵抗がないのをいいことに、瞼を閉じてゆっくりと柔らかな感触を味わう。あの静かな夜のバルコニーで鮮烈に心に突き刺さった出来事とは裏腹の、触れるだけの優しい口付けが羨ましくていつまで経っても頭から離れなかった俺は行為にのめり込んだ。形の良い唇の隙間を舌でたどり、眠りながら眉根を寄せる彼女の様子を眺める。……そういう趣味はないが、初めて女の寝込みを襲うことに興奮を覚えた。
欲望を隠すこともしない男の吐息と彼女のまだ穏やかな寝息が交じっている。濡れた割れ目から誘うようにちらりと見えるその奥の甘い粘膜に触れたい、指でも舌でもいい。強引に押し開くように唇を割って舌をねじ込んで、掻き回して、ただ受け入れるばかりのそこは穏やかに寝入っているとは思えないほどに熱を持っている。時折漏れるくぐもった声と擦れ合う濡れた音が響いて、本能的に抗えない衝動が腰にグッと噛み付いてきた。

「……っ……、ン、」

ずっと口を塞いでいたため苦しくなったのか、俺の下で細い肢体が小さく跳ねる。……物足りない。柔らかな口内を飽きもせずに蹂躙しつつ、体勢を崩して強欲にも彼女の体を抱き締める。少し唇が離れた隙に、おもい、と舌足らずな声が聞こえてきた。昼に抱き締めた時とは違う香りがする。いつも彼女から香っている匂いだと気付いて、安堵すると同時に再び昼間の事を思い返して腹の底に黒いものが蟠った。面と向かってあの男の名前を聞いた時に抱いた峻烈な怒りは、今まで彼女の前で見せてきた穏やかな男の姿を一気に塗り替えるほどに強烈なものだったことだろう。本当に、そんな顔を見せるなんて愚かとしか言いようがない。安室透と組織の男を別人だと認識した彼女は、俺のことをどう認識しただろうか。

「…………」

至近距離でぼやりと浮かぶ白い肌の表面に直接触れたい。指じゃなく舌で。他のことは何も考えず、至極単純な動機で唇を寄せる。すると、不意にぺしりと音がして視界が半分遮られた。

「……あっち行って」
「…………」

俺はゆっくりとした動作で、張り付いた彼女の手を自分の顔面から剥がした。目の前の女は腕を取られた状態のまま、すやすやと気持ち良さそうに寝ている。おそらく起きている間に聞くことはないであろうストレートな拒絶の言葉。逃げられても仕方のないことをしている自覚はあるため、そんな言葉を現実で投げ掛けられるのも時間の問題なのかもしれない。

「……ん……?」
「…………目が覚めましたか?」

叩いた衝撃で目を覚ましたのか、彼女の瞼がゆっくりと開いた。声を掛けるのと同時に、強く握ったら折れてしまいそうな女の手首を掴んで、シーツに押し付ける。邪魔をされないようにしっかりと縫いとめてからにこりと笑いかけると、彼女はぼんやりとした様子で瞬きをした。左に流れた視線が辺りを確認するように彷徨って、正面の俺へと戻ってくる。状況を把握しようとしているのだろうが、まだ覚醒には至っていない。薄く唇を開いて戸惑う彼女はじっと俺を見上げて、ようやく身動きができないことに気付いたようだった。あれ?と不安げな表情になってこちらを見ている。

「あむろさん……?」
「はい」

条件反射で返事をしたが、今の俺は安室透とはまったく別の男であると断言できた。目を覚まされたらまずいと感じていたくせにそんな気持ちもとっくに消え失せて、今はただ腕の中に閉じ込めた彼女を思うままにすることしか考えられない。自分の立場も何も考えない、浅慮で欲に忠実な雄。恐らくその思考はだだ漏れだったんだろう。……夢?と呟いた彼女の瞳が揺れる。

「夢か……どうでしょうね」
「……そういうの、ばっかり、」

なんで。と彼女が体を捩った。本当にこの状況を分かっているのか、寝ぼけ半分で紡がれる言葉は意味が通じない。おそらくは今日一日強引なことばかりしていることを非難しているのだろう。このままではこういう手口で女を騙していると余計に勘違いされそうだ。

「ちょっと眠れなくて……一緒に寝てもいいですか?」

部屋に侵入し、自由を奪って跨っておいてどの口が。彼女はゆっくりと瞬きをして、だめ、と言った。俺が丹念に濡らしたその柔らかな唇を動かして。……今度はこの唇から漏れる声を聞いてみたい。

俺は目を細めて、彼女の首筋に噛みついた。




Modoru Main Susumu