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03-3



あっという間に時間が過ぎていった。
途中で安室さんが急な電話だと言って数分抜けて、私がお手洗いに立った以外はなんだかんだで話をしていたように思う。
心の中で無駄なことをたくさん考えてはいるが、私はそこまでお喋りではない。安室さんは思っていたよりけっこう喋る。相手によって変わるタイプかもしれないが。
私がお手洗いに行っている間にスマートに会計を済ませてくれていたので、お礼を言って2人でお店の外に出た。
すると、エレベーターホールがざわざわとしている。かなりの人数がそこにたむろしていた。
団体客が帰るところなのだろうか?と思ったが、係員の人が慌てている様子からしてどうも違うようだ。

「お客様、申し訳ありません。エレベーターが同時に故障してしまいまして……」
「あ、そうだったんですね。急いでないので大丈夫です」

戸惑う私の様子に気付いた係員が頭を下げにくる。大変だなぁ。3基あるエレベーターの2基が故障してしまったのだそうだ。同時にって、そんなことあるのだろうか。来るときは全部動いていたのに。
レストランの下には客室があり、21時前となるとホテルに戻ってくる客やこれからチェックインの客も多い。ここは最上階なので、一旦エレベーターが降りていってしまうと次に来るまでに途方もない時間がかかる。それでみんなざわついていたようだ。今ようやくエレベーターがこの階に来たが、結局、ホールにいる全員が一度に乗ることはできなかった。

「気長に待ちましょう」
「そうですね」

さすがに、食後に階段を何十階も降りるのはきつい。前の集団はいなくなったが、こうしている間にも会計を済ませて人は出てくる。あっという間に最初の人数がホールに留まることになった。
ようやく、1階まで降りていたエレベーターが再度到着する。今度は乗り込むことができたが、やはり早く降りたい人が後からどっと押し寄せてきた。最初の頃に乗り込んだ私達は、流されて四隅の角に追いやられる。

「大丈夫ですか?……すみませんが、しばらくこのままで」

トーンを落とした声が上から降ってきた。周りはこんなにぎゅうぎゅう詰めなのに、まったく圧迫感がないことに気付いてハッとする。
なんだろうこのシチュエーション。イケメンに壁ドンされてるんですけど。もう一生こんなチャンス来ないんじゃないか?た、堪能しなければ。そうと決まればガン見である。見られている方の安室さんはいっそ、「え?」って感じだったが気にしたら負けだ。
仁王立ちもあんまりなので、彼の服の肘あたりを指先で申し訳程度につまむ。エレベーターのドアが閉まり、ゆっくりと降下し始めた。

今度は安室さんがやけにジッと見下ろしてきたので、私は自然に視線を逸らす。さっきからなんかいい匂いがすると思ったら、これは安室さんからではないか。どうしよう。あまり別の方向を見るのも不自然なので、彼のループタイを見つめた。押された拍子に曲がってしまったらしいそれを、彼の服をつまんでいた自分の指をそっと外して、まっすぐに直す。ちらと窺うと、彼は目を細めただけで何も言わない。なんかこう、男と女って感じでいい。自分が女性側であるということにちょっと感動する状況だ。しかし、本当に女性の手指は細くて綺麗だな。こうして男の人と並んだりすると余計に感じる。自分の手を目で追うようにして、ずっと視界に入っている彼の二の腕に触れた。あ、筋肉がついてる。やっぱり男の人はぜんぜん違うな。思わず軽めにきゅっとしてみる。

「……悪戯はいけませんよ」

声を発した安室さんに指と指を絡められてしまった。温かくて大きな手だ。握られてうっかり鼓動が早まる。

……素人の手指じゃあないな。
腕も触ってみた感じ、探偵にしてはかなり鍛えられている。さすがに軍人並みとはいかないが、ある程度継続して鍛えないとこうはならない。
ただ、実戦で作り上げられた肉体かというとちょっと分からない。裸でも見れば分かるのだが。
探偵と喫茶店を両立して、ジムにでも通っているのだろうか?正直言って探偵が必要以上に鍛える必要はない。どちらかといえばひょろりとした、多少小汚い風体のほうが尾行、聞き込み等の活動に向いている。変装で誤魔化す手もあるのだろうが、目の前の男に聞き込みでもされてみろ。私ならば3年くらいは忘れないし、何ならイケメンに出会ったことを友人に言いふらしてしまいそうである。

可能性として、探偵以外にも何かやっているのかもしれない。長身、明るい髪色、褐色の肌でも問題なく、そこそこの運動量があってかつ情報収集に向いている仕事だろう。片側で探偵をしている以上、まったく無関係の職に就くとは思えないからだ。
彼はおそらく、恐ろしく頭が良い。コナン君も言ってたっけ。もしくは、並外れてすごく要領が良い。ポアロでの彼を見るだけで十分にそれは確認できた。人の本質は簡単に隠せるものではなく、日常の些細な行為にこそよく現れるものだ。あ、これブーメランでは。

彼のような人間が、有名人とはいえ別の探偵……毛利小五郎に弟子入りを志願した思惑は別にあるのではないかと思う。毛利小五郎は有名な探偵だが、どうにも私にはそんなキレ者には見えないのだ。事件を解決する姿を見てはいないし、眠りの小五郎と呼ばれるくらいだから普段とは違うのだろうが。最近になって急にメディアが取り上げ始めたのも気になる。彼のような有名人ならば大きな山も降ってくるだろうから、案外そちらが目当てか。現在追っているターゲットが喫茶店の客か関係者……もしくは毛利小五郎自身かその知り合いという可能性もあるな。
ここまで考えてしまって、染みついた癖はなかなか治るものではないらしいと苦笑した。

「考え事ですか?」
「わっ!」

覗き込まれて我に返る。気付けばどこか面白くなさそうな安室さんの顔がすぐ近くにあった。これは初めて見る表情だ。

「まさかとは思いますが……この状況で僕以外の事を考えてるわけじゃないでしょうね?」
「あ、安室さん、近い!」
「あなただって僕に触ってきたでしょう」
「う、いや、他意はないんです……男の人なんだなぁって思ったら……つい……」

もっと言えば、自分の手、華奢だなーと思って起こしてしまった行動だった。お前は20年も見てきた自分の手に対して何を言ってるんだ。反省しかない。だって、もっと長い期間、無骨で蚊ほども可愛くない手を見続けてきたのだ。ふいに女の指先に感動するくらい許してほしい。

「……はぁ……」

必死に心の中で言い訳をしていると、長い溜息を吐かれた。あれ、呆れた?と、珍しい様子の彼を見つめる。安室さんはちょっと項垂れて、そのまま私の肩に顔を埋めてきた。……ん?そしてついでとばかりに、そのままぎゅっと投げやり風に抱き締められた。あれ!?抱き締められた!?

「!!あむ、安室さん!」
「まあ、僕を男と認識していただけたなら幸いです」
「ああああ、分かってます!気付いてました!安室さんが男性だって気付いてましたー!!」
「そうですか……ふ、」

密着しているのでよく分かるのだが、安室さんの肩が震えている。こいつ、この非常事態に笑ってやがる……!イケメンの余裕ってやつに違いなかった。そしてやっぱり鍛えられた体だと思った。

エレベーターが1階に到着するまでの間、私はとにかく固まっていることしかできなかった。




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